« 2011/11/20礼拝メッセージ | メインページへ | 2011/12/4礼拝メッセージ »

2011年12月21日

2011/11/27礼拝メッセージ

2011年11月27日の礼拝メッセージの要約です。
創世記35:1~13
「ヤコブへの呼びかけ」

1. 立って
 行き詰ったヤコブに神は答えてくださいました。その答えは「立って、ベテルに上り、そこに住め」というものでした。ここで三つのことを神はヤコブに命じています。まず「立って」。「さあ立ち上がって」と言ってもいいでしょう。キリストが病を癒されたときにも、この言葉が語られました。私たちを本当の意味で立ち上がらせるのは何でしょうか。家族や財産でしょうか。ヤコブは、自らの存在の小ささと、現実に起こったことの重さに押しつぶされそうになっています。その彼に神は「立ち上がって」と声をかけられました。信仰には、私たちは立ち上がらせる力があるのです。

2. 上れ
 ヤコブは神に手をとられて立ち上がることになります。神は続けて「ベテルに上れ」と命じられました。それは、この旅だけではなく、ヤコブの生涯の目的をも明確に示す言葉でした。神の祝福を求めて生きてきたヤコブ。最初は「私の祝福」という自己の幸せにしか過ぎませんでした。それが、彼の生涯を通して、神を信じる信仰の歩みへと変えられていきます。彼は、神ご自身を求め、神に近くされることこそ、神の祝福であることを理解していくことになります。「ベテルに上れ」これは神からの招きです。罪あるヤコブをそれでも神は近くに来るようにと招き続けています。この招きに対して彼は身を清めるようにと家族に命じます。私たちも知らず知らずのうちに、多くのものを抱え、神にのみ信頼することができなくなっている、そんなことはないでしょうか。そして「着物を着替えなさい」とヤコブは家族に命じます。ここで彼は古い衣を脱ぎ捨て、進むべき方向へと、神ご自身の方へと向きを変えたのでした。

3. ベテルに住む
 神の家に住むことこそ、聖書で語られる私たちのゴールです。神から離れた所ではなく、神のそばに私たちが住まい続けるということ。今、教会は、神の家、神の宮と言われる場所です。本当にその場所となっているでしょうか。そのことを私たちは問わねばなりません。そして私たちは、神にある目的を見失ってはなりません。私たちはキリストによって、すでにイスラエル、神の民とされた者たちなのですから。

投稿者 mb-church : 2011年12月21日 16:49