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2011年10月09日
2011/9/4礼拝メッセージ
2011年9月4日の礼拝メッセージの要約です。
創世記29:1~30
「ヤコブの誠実」
1. 旅の果てに
「私はあなたとともにあり、あなたを守り、あなたを捨てない」と神は約束されました。ハランまでの約1000キロにもわたる長旅の末、ある井戸に彼はたどり着きました。母リベカの結婚の物語のあの井戸を思い出させるような展開です。そこで三つの羊の群れを飼う、羊飼いたちと出会ったとき、彼は本当に安堵したことでしょう。羊飼いたちはヤコブに告げました。「御覧なさい。あの人の娘ラケルが羊を連れて来ています。」ヤコブは羊飼いたちを去らせようとしますが、彼の目論見は崩れ去ります。しかし、なぜ、ヤコブは彼らをここから去らせたかったのでしょうか。
2. ヤコブの内面
なぜヤコブは羊飼いを去らせたかったのでしょうか。羊飼いを去らせることに、またラケルの群れに水をやるのに、彼は必死でした。さらにヤコブは、ラケルに口づけし、声をあげて男泣きをします。これまで崩れ落ちそうになりながらも、何とかここまでたどり着き、そして目指す人と出会えたという達成感、安堵、そのようなものが、すべて彼の内から思わず噴出しました。これまではこんな彼の内面を見ることはできませんでした。29章からのヤコブの物語は、本当の自分を見出す、いうなれば一人の大人になるプロセスが描かれています。建前ではなく、本音で。人を騙すのではなく、誠実に歩むこと、そのことを彼は学ばされていくのです。
3. さらなる試み
さらに叔父のラバンにヤコブは騙されます。ここで取り扱われているのは、あのヤコブが騙されるということです。しかも、彼は14年もの間、自分の身をささげてラバンに仕えることになります。彼は自分がしたことの報いを受けている、そう言ってもいいのかもしれません。ここで彼は学ばされています。彼はこの14年間という中で、痛みを知らされることになるのです。思い通りにならない、しもべとしての14年間。私たちもまた、信仰の歩みをしていくときに練られる時があります。忍耐を要するときがあります。自分ではしたくないことをしなくてはならないときがあります。私たちにも、ヤコブと同様に乗り越えなくてはならない弱さがあるのではないでしょうか。私たちはそのような歩みの中で、神のあわれみを思い、私たちの精一杯の歩みをさせていただきたいのです。開き直るのではありません。弱さ、欠け、醜さ、そのような自分を知らされてもなお、キリストを信じて誠実に歩ませていただきましょう。
投稿者 mb-church : 2011年10月09日 08:25