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2011年01月12日
2010/12/26礼拝メッセージ
2010年12月26日礼拝のメッセージ要約です。
「さあ目を上げて」
創世記13章14節
1. 神の選び
新しい年に日本バプテスト教会連合で掲げた聖書の箇所がこの箇所です。ここからもう一度主の恵みを振り返る時、感謝をささげる時としてまいりましょう。ここでアブラハムは、ロトと袂を分かつ、そのような場面に神様が語られたことばが、今日の箇所の場面です。「神の選び」という視点から、もう一度この箇所を受け取らせていただきたいのです。この直前の12章では、アブラハムの旅の出発と到着が描かれていました。アブラハムの出発と最初の挫折です。そして13章ではロトと袂を分かつことになります。
2. アブラハムの問い
このような中で、アブラハムは自らの資格について問い直したのではないでしょうか。神の声を聞き、導かれ、そして神が祝福してくださるという大いなる父としての資格などあるのだろうかと。この問いかけは、とても誠実な問いです。こんな罪深いものを、神は許し、導き、やがて祝福してくださる、そのようにはアブラハムはこの時思えなかったかもしれません。ロトとの別離を通して、アブラハムはもう一度、神ご自身と向き合うことになるのです。そして彼の目の前に開けていたのは、神が示された地でした。約束の地。彼に向けられていたのは、神の哀れみ深いまなざしでした。その時み言葉が語られました。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。」
3. 目を上げて
彼はこの言葉に、また目の前にある神の憐みに、ひれ伏さざるをえなかったことでしょう。主の約束はまだ変わらないのだと。彼はもう一度、神の前にひれ伏し、悔い改めたことでしょう。神の選びは実に不思議なことです。私たちは神に対して誠実ではなかった自分を見出すかもしれません。それでも神は私たちに哀れみの目を向けてくださっている。しかし、問題は、なぜ私をお選びになったのかということです。アブラハムの生涯を通してこの問いは問われていくことになります。なぜこの私に、ほかの誰かではない、この私に神は声をかけてくださったのか。この答えは、それぞれの生涯によって表されていくものです。それぞれに神の憐みと恵みを思い返し、そこから目を上げて来る年に向かってまいりましょう。
投稿者 mb-church : 2011年01月12日 19:27
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