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2010年05月23日

2010/5/16礼拝メッセージ

2010年5月16日礼拝のメッセージ要約です。
創世記2:4~15
「アダムの物語」

1. 最初のよい知らせ
 神が自らの意思でことばを発し、それゆえに人やこの世界が存在するということ。またこの世界に、神は非常によいという最大級の賛辞を送っているのだということ。それは私たちにとって最初の福音と言ってよいものでしょう。創世記1章は良い知らせです。そして私たちは2章へと導かれていきます。ここからカメラのフォーカスが切り替わります。これまでは、この世界全体、つまり天と地に当たっていた焦点が、地と天という言い方によって、この地上に焦点が絞られることになります。そしてそのフォーカスは神のかたちである人へと絞り込まれていくのです。ここで重要なことが記されています。それは、神が人を形作るときに、そこにいのちの息を吹き込まれたという点です。

2. 神の息吹
 神は人にいのちの息を吹き込まれました。神の霊が、私たちの根本に影響をしているということです。そして人は生きもの、生きる魂となります。聖書は、人間の存在やいのち、人が生きるということと、神の霊、息吹、いのちということとが、はじめから密接に結び付けられているということを見事に言い表しています。聖書は肉体と精神ということを切り離して考えてはいません。肉体と心とが密接な関係を持つことも、私たちはよく知っています。しかし、今の私たちは創世記2章に記されている人間とは、異なる状況にあります。今の私たちは、残念ながらこの楽園にはいません。この時点では人は神に基準のすべてを置いていました。それが人の本来の姿でした。そこからずれていくこと、それが人の罪の現実です。そして、そこから私たちの肉体と心とのアンバランスが生じていくことにもなります。神の霊と人の魂とが遠くなり、私たちのいのちや生きるということが、本来の喜びを失ってしまうのです。

3. 神のことばによって
 聖書はエデンに帰りなさい、と命じてはいません。創世記の最初の良き人の状況を読むときに、私たちはもうそこには戻ることができないのだ、という悪い知らせをも読み取ることにもなります。しかし、神は私たちをそのままにはなさいませんでした。聖書は語ります。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」と。私たちのいのちは、神の霊と深い関係があります。神のことばによって、そして神のことばそのものであるキリストによって、私たちは今本来のいのちを取り戻すことができるのです。

投稿者 mb-church : 2010年05月23日 16:17

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