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2010年02月27日

2010/2/14礼拝メッセージ

2010年2月14日礼拝のメッセージ要約です。
この日は吉澤慎也神学生でした。
「バプテスマの意味」
ローマ6:1~14

1節:信仰義認の教えに納得できない人たちによる問題提起「恵みは結果的に罪を奨励してしまうのでは?」。同様の疑問は現代においてもある。

2節:「絶対にそんなことはありません」非常に厳しい言葉。2節以降は、1節の問題提起に対する応答。そのテーマは「罪からの解放」。すなわち罪はキリスト者において許容されない、ということ。

3-5節:バプテスマの意味について。キリスト者はキリストと1つにさせられた存在である。私たちはキリスト・イエスの中へバプテスマされたのである。そしてキリストと一つにさせられた者は、すなわちキリストの死と復活とにも与っている。それは私たちが「いのちにあって新しい歩みをするため」(4)である。

6-11節:「キリストと共に死ぬ」=「罪に対して死ぬ」と、「キリストと共に生きる」=「神に対して生きる」という2つの理解。この両者を切り離して考えることはできない。
 ①イエス・キリストは十字架で死に、三日目に復活した。
 ②キリストを信じるキリスト者は、キリストと一つにさせられ
   た者である。それがバプテスマに象徴されている。
 ③キリストと一つにされたキリスト者は、キリストの死と復活
   とも同じようになっている。
 以上のことを自己認識することが大切である。このように考えるならば、キリスト者は罪の中に生きていられない。

12-14節:性的な罪が意識されているのかもしれない。罪の誘惑を退けること。

まとめ:キリスト者が罪の問題と取り組むときには、自分はキリスト者であるという自己認識が決定的に重要である。罪からの解放はキリスト者にとって切実な問題だが、その只中でバプテスマの意味が説かれている。

投稿者 mb-church : 2010年02月27日 11:47

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