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2009年12月26日
2009/12/13礼拝メッセージ
2009年12月13日礼拝のメッセージ要約です。
「キリスト-あなたを招く方-」
マタイの福音書11:25~30
イザヤ書46:1~4
1. 神のことばであるキリスト
イエス・キリストは、神のことばであると聖書には記されています。それは、神の意思を直接あらわす方であり、神のみおしえを語り、神の約束そのものであるという意味でもあります。「すべてのものは、この方によって造られた」ともあります。いのちはイエス・キリストにあってその意味が解き明かされるというのです。この方にこそいのちそのものがあり、この方に信頼すればするほど、私たちは希望のない所に希望を見出すことになるでしょう。
2. キリストのことば
「そのときイエスは、こう言われた。」この記事は、すでにイエスが神から遣わされたメシアとしての働きをしているときのことです。イエスは、メシアとしての姿を人々にあらわしていました。多くの人々の病を癒し、弱さを覚えている者、貧しい者たちに、神の希望が来たことを、イエスは宣言しました。しかし、人々は悔い改めませんでした。イエスは人々に真のいのちと希望を与えるために来られました。しかし、その希望を得るためには、どうしても人間が通らなくてはならない道がありました。それは、人間のおかれた悲惨さに気づくことでした。人間の罪深さを自覚しなくてはならないのです。しかし、その事の深刻さに私たちはなかなか気がつきません。実は、神が私たちのことを忍耐されている現実を私たちは知らないでいるのです。そこから神に向くことこそ、悔い改めることです。悔い改めに年齢は関係ありません。問題はどちらの方向を向いているか、ということなのです。
3. キリストの招き
信じるということは、声を聞き分けることです。自分に対して、語られている神の声に気がつき、そしてそちらの方へと向かっていく、それが信じるということです。信仰というのは応答です。神があなたを呼んでおられる、その呼びかけへの応答です。ここでキリストはこう招いておられます。「わたしのところに来なさい。」「わたしのくびきを負いなさい。」「わたしから学びなさい。」これはすべての人に語られた招きです。その招きに応えるときに、私たちに神からの平安と安らぎが与えられるのです。キリストが私たちの重荷を負ってくださり、また私たちはキリストによって示されて歩んでいく生涯が、信じる人に与えられるのです。
投稿者 mb-church : 2009年12月26日 08:40
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