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2009年12月02日
2009/11/8礼拝メッセージ
2009年11月8日礼拝のメッセージ要約です。
「キリストを追い求める者」
ピリピ2:19~30
1. 二人の同労者
パウロは、ここで二人の人をピリピ教会の人々に紹介します。その二人は「テモテとエパフロデト」です。この二人はパウロの同労者と伝えられています。なぜパウロはここで、この二人のことに触れたのでしょうか。おそらくそこにはパウロの牧会者としての配慮からであったのではないかと思います。
2. エパフロデト
この手紙を持ってピリピの教会を訪れたのはエパフロデトでした。教会の人々は、彼の姿を見たときにどのように思ったのでしょうか。エパフロデトはピリピ教会から、パウロを支援するようにと派遣された人であったようです。そのように使命を持って渡ったエパフロデトが、何とパウロの手紙を持って戻ってきました。エパフロデトからすると、使命を果たことができなかった、そんな思いであったかもしれません。この病のことも、どのように教会に伝わっていたのか分かりません。ピリピの教会が待ち望んでいたのは、パウロが戻ってくることでした。しかし、ピリピ教会の目の前に現れたのはエパフロデトだったのです。この手紙を受け取った教会の暗雲はまた断ち切られていません。パウロさえ戻ってきてくれれば、そんな声が聞こえてきそうです。
3. 主キリストの姿
パウロが、この手紙を通して示そうとしていることは「パウロ自身」ではありません。彼が渾身の力を込めて描き出したのは「キリスト・イエスの御姿」でした。この手紙はエパフロデトが、次にはテモテを送らざるを得ない、そのような状況ゆえにパウロはこの二人のことに触れています。この二人は、あり方も、働きも違いました。しかし、この二人の歩みに共通するのはキリストの姿です。パウロはもちろん彼自身が教会へと戻ることを熱望していました。しかし、一番大事なことは主キリストの姿にそれぞれが生きているかということでした。エパフロデトは病を負いました。それは彼の望んだことではありません。また周りの人々もそれを望んだわけではありませんでした。しかし彼こそ、この手紙を託すのに最もふさわしい人物であったのに間違いはありません。彼を通して、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたキリストの姿が教会の人々にも迫ってきたのではないか、そう思うのです。キリストの力は弱さのうちに完全に現れるのですから。
投稿者 mb-church : 2009年12月02日 12:17
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