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2009年12月02日

2009/11/1礼拝メッセージ

2009年11月1日礼拝のメッセージ要約です。
「牧会者の思い」
ピリピ2:16~18

1. 牧会者
 群れを導く者が牧会者です。その模範となる姿は、よき羊飼いである神ご自身の姿です(詩篇23)。またそれはキリストご自身の姿とも重なります(Ⅰペテロ2:25)。イエス・キリストこそ、教会の大牧者です。牧師もまたキリストにある羊の群れの一員です。しかし牧師はその群れの「牧会者」として立てられてもいます。パウロはこの時代における牧会者の代表です。パウロが牧会者として語ったことは次の三点です(使徒20:17~35)。一つは、最後までそれぞれに備えられた生涯を神の喜ばれるものとして歩んで欲しいということ。二つ目にそのためにみことばから正しい教え(教理)を学び、そこに立ち続けるようにということ。そして三つ目に、教会において「受けるよりも与えるものとなり」、「互いに仕えること」に生きるようにということ、この三点です。

2. パウロの思い
 ピリピの手紙においてパウロは牧会者としてのありのままの言葉をつづっています。ピリピの教会の人々が、キリストの福音にふさわしく生きるように、また互いに仕えあい、互いにを尊重しあい、へりくだるように。自己中心から解き放たれ、互いに関心を持ち、キリストの姿に倣い、十字架の福音に立ち続けるように。そして、キリストの教会が、終わりの時まで、神のみこころにかなうものとなるように。教会の一人一人がこのように歩むことを、パウロは心から願っています。彼の喜びと目標はどこにあったのでしょうか?それは教会が大きくなることでも、また教会が経済的に豊かになることでもありませんでした。そうではなく、教会がみことばに堅く立ち、正しい教えを学び、またキリストのことばとキリストの姿にあらわされた互いに仕えあうものたちとして歩んで欲しいということだったのです。

3. キリストの願い
 これは実はパウロの願いにとどまらないものです。これはキリストご自身の願いでもあります。私たちの周りには様々な決断が日々迫っています。何を着るか、何を食べるかからはじまり、どのように時間を使うか、何をなすか、どのようにお金を用いるか、究極的には与えられたこの生涯をどのように用いるか。そこには様々な決断が求められています。だからこそ、私たちは委ねられた決断を、神に喜ばれ受け入れられるものとしなくてはなりません。私たちも牧会者キリストともに、互いに喜びを分かち合い、歩んでまいりましょう。

投稿者 mb-church : 2009年12月02日 10:09

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