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2009年10月21日

2009/9/27礼拝メッセージ

2009年9月27日礼拝のメッセージ要約です。
ピリピ2:1~5
「キリスト者の心構え」

1. 「こういうわけですから…」
 直前の箇所にはこうありました。「ただ一つ。キリストの福音にふさわしく生活しなさい」という言葉がそこにはあります。それはただ倫理的、道徳的に正しい生活を指しているのではありません。ただ十字架のキリストによって罪許され、神の民となったものとしてふさわしいあり方、そのことをパウロは私たちに訴えかけたのでした。パウロはさらに教会の現状に踏み込んでいきます。ここは短いフレーズが連続して記されています。「もし、キリストにある励ましが、もし、愛の慰めが、もし、御霊の交わりが、もし、愛情とあわれみが、あなたにあるのなら・・・」キリストの福音を私たちが知るときに、励ましと慰めにあふれた神との交わりを経験することになるでしょう。

2. パウロの喜び
 パウロは続けます。「私の喜びが満たされるように・・・」と。パウロは「神の喜びが満たされるように」とは言いませんでした。彼の喜びは自分を満足させるということにはありませんでした。彼の喜びは、教会が神の前に正しく、キリスの福音にふさわしく歩むことにあります。彼の喜びは、自己中心や虚栄にあったわけではありません。しかし、パウロに敵するものたちは「神の喜びが満たされるように」と言いながら、その実体は自らが賞賛されることを喜びとするというむなしいあり方でした。そのような言葉や表面的には正しそうなあり方をパウロは否定します。

3. 教会の一致
 そしてパウロは教会に一致を勧めます。長く教会の課題となっている事柄です。一致を別の言葉にするならば「平和」という言葉になるでしょう。これは教会だけではなく、すべての人にとっての重要な課題です。パウロは言います。「あなたがたは同じことを思い、同じ愛を持ち、心を合わせて一つのことを思うために」と。平和の土台をどこに置くかが私たちの問題です。どちらかの側にその土台を置くのではありません。パウロが指し示したのは「イエス・キリスト」でした。パウロは、キリストにあるクリスチャンの態度をこのように記しています。「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりも優れた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。」すばらしい在り方です。私たちの弱さに根拠を置くのではなく、キリストに土台を置くときに、私たちの間に一致が与えられるのです。

投稿者 mb-church : 2009年10月21日 10:06

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