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2009年09月09日
2009/8/16礼拝メッセージ
2009年8月16日礼拝のメッセージ要約です。
ピリピ1:9~11
「教会のための祈り」
1. 教会のための祈り
この箇所はパウロが祈った「教会のための祈り」です。それは主イエスが私たちのために祈った祈りと重なるものです。パウロは二つのことを神に祈り請い願います。一つ目は愛を求める祈りです。そして、二つ目は、愛に根ざした神の聖さ(義)を求める祈りです。
2. 愛を求める祈り
「あなたがたの愛」と聞くと何を思い浮かべるでしょうか。とかく愛は感情の問題であると捉える傾向があります。現代においてはヒューマニズムが強い影響力を持っています。しかし、パウロが祈りに覚えている「あなたがたの愛」はそのような愛ではありません。これは「アガペー」のことです。アガペーの愛は人間の側から自然に生まれるものではありません。アガペーの愛は、見返りを求めない無償の愛、「神の愛」のことです。「あなたがたの愛」とは、あなたがたに神が与えた愛、という意味です。まさにそれはキリストを通して示された無償の愛そのものです。さらにパウロは祈ります。愛が豊かになるということは、実は真の知識が問題であると。聖書における「知識」の源泉はどこにあるでしょうか。それは神のことばです。真の知識、それは聖書によって示された主イエス・キリストのことです。私たちは愛について、神抜き、イエス抜き、聖書抜きにしたときに、どれほどの知恵を手に入れることができるのでしょうか。神が私たちを形作り、キリストを私たちに下さった愛によって私たちを愛している・・・そこから私たちは出発しなくてはならないのです。
3. 聖さを求める祈り
さらにパウロは祈ります。義の実に満たされるように。義の実とは何でしょうか。「義」これは神の聖さや神の正しさ、よきこと、良き行い、それらすべてに関わる言葉です。神の義はどのように示されたのでしょうか。それは愛と同様です。やはりイエス・キリストその人です。パウロは、教会がまさにキリストご自身の生き方、ことば、あり方をあらわすものとなるようにと祈っています。義の実に満たされるとは、教会がキリストの姿をあらわすものとなることに他なりません。そしてそれこそが、教会に、そして私たちに与えられている使命でもあるでしょう。とてもハードルの高い、また目標の高い使命です。私たちはできるかできないかではなく、まず神の義を祈り願うことが求められているのです。私たちも願い、互いに祈りあってまいりましょう。
[考えるために]
パウロは何を神に祈り願ったのでしょうか?
投稿者 mb-church : 2009年09月09日 09:48
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