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2009年07月08日

2009/6/7礼拝メッセージ

2009年6月7日礼拝のメッセージ要約です。
ローマ14:1~8
「キリストのしもべ」

1. 「信仰の弱い人」
 信仰に強い、弱いがあるのでしょうか。そのような比較ができるのでしょうか。ここで、問題になっているのは「食べ物のこと」です。それは、当時のローマの町に出回っていた肉の問題でした。それが偶像に一度ささげられているということで、食べるのを拒否したクリスチャンがいたのです。このことに関して、教会の中でも意見が二つに分かれていました。その二つの立場を指して、「信仰の強い人」と「弱い人」と言っているのです。

2. 教会の混乱
 このような悩みは、日本のクリスチャンたちも多く抱える問題でもあります。日本特有の文化や風習の中で、このような行為はやっていいんだろうか?それともいけないのだろうか?私たちは、自分たちの基準で、これは聖い、これは清くないと、分別しています。それに合わないものに対しては、攻撃的になってしまうものです。当時の教会の中にもこのような混乱がありました。パウロはここで「偽りなき愛」に生きる教会は、どのような判断をするべきか、その一つの見方を提示しています。パウロはこの二つの立場のどちらの味方でもありません。ここでパウロが見ているのは偽りなき愛によって一致する教会の姿です。

3. 神のしもべ
 パウロはここでどちらの人々も神のしもべであると捉えています。そして、そのしもべが立つのも倒れるのも、そのしもべの力量や知恵ではなく、その主人次第だというのです。しもべはどのように物事を判断するものたちでしょうか。パウロはここでこのように物事を整理しています。すべての動機は主のためであると。おそらく、この部分を読み聞いた人々は、もう一度自分たちのあり方を問われたことでしょう。自分の本当の動機はどこにあるのだろうか。主のためと言いながら、実は自らの正しさのためではなかったのか。そしてパウロは私たちに真のしもべの姿をこう言い表し、問いかけるのです。「ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。」どんな状況や状態であろうとも、私たちは主なる神のものであり、しもべである。神はそのしもべを必ず立たせてくださるのです。もう一度主のしもべであることを確認してまいりましょう。

[考えるために]
 主は、そのしもべをどのように取り扱ってくださるのでしょうか。

投稿者 mb-church : 2009年07月08日 09:35

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