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2009年07月08日
2009/6/14礼拝メッセージ
2009年6月14日礼拝のメッセージ要約です。
ローマ14:8~12
「主なるお方」
1. しもべである私たち
「主のしもべ」それがクリスチャンのもう一つの呼び名です。なぜ私たちは「神」を、また「イエス・キリスト」を「主」と呼ぶのでしょう。聖書の神は、私たちの「主」であると聖書には繰り返し記されています。その主なる神は、私たちを作られ、私たちを導き、この世界の支配者であり、また所有者だとあります。神に聞き従うものとして、人間は作られたと聖書は語ります。その関係はただの主従を越えたものとしても教えられています。神は、私たちを愛し、また私たちを哀れみ、私たちを信頼し、私たちに期待をもかけておられる。そしてその主人を「神」としてあがめ、最大限の栄誉と最大限の賛辞と最大限の信頼を置く方として敬うのが、私たち「しもべ」なのです。
2. 主である神
主である神は、キリストを通してご自身を明らかにされました。キリストは、すべての人の主となるために、死んで、また生きられたとあります。この言葉がキリストの十字架の死と復活を意味していることは明白です。この主人は、しもべである私たちのためにそのいのちをかけ、またさらには、私たちの最大の問題である死をも乗り越えてくださった、そのお方であるとこの箇所は証しています。私たちは、このまことの主を知るまでは、自分自身が自分の主(あるじ)でした。実のところ、私たちは、この世のしもべであったとも言えるでしょう。しかし、私たちは気がつかされます。「自分自身の主人は自分ではなかったのだ」ということに。
3. 主人の思いを自分のものとして
パウロは、ここで一つの問題から、いったい誰があなたの主人であるのか、そのことに気がつくようにと、この手紙の筆を進めています。私たちはみな神のさばきの座に立つようになる・・・すべての人が、神の前に、まことの主人の前に立つときがくるというのです。いったい誰があなたの主人なのでしょうか。さらには私たちの主人はどのような考えを持っているのでしょうか。イエスも主人としもべのたとえ(ルカ19:12~)からこのことを教えています。大事なことは、しもべが主人の性質や性格をよく理解しているのか、ということです。私たちはキリストのしもべとして、どのような考え方をし、どのように物事を見るのでしょうか。主人であるイエスであったらどうお考えになるのか、このことをもう一度問い直してまいりましょう。
[考えるために]
主なるキリストが何を望まれているのでしょうか。そのみ思いを思いましょう。
投稿者 mb-church : 2009年07月08日 09:39
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