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2009年03月08日

2009/3/8礼拝メッセージ

2009年3月8日の礼拝メッセージの要約です。
ルカの福音書23:50~24:12
「キリストのことば」

1. アリマタヤのヨセフ
 イエスの遺体を引き受け,その遺体を適切に葬ったのは,一人の「正しい人」でした。彼は,他のユダヤの議員に反対した人でした。何よりも彼は「神の国」を待ち望む人でした。彼は,苦しみの中にあっても,希望を失わず,自らの最善をなす人でした。彼の行動は実に適切でした。このような誠実な働きが,キリストの復活の知らせの確かな備えとなりました。彼の働きは貴重なものとなりました。

2. イエスの復活
 ついに,イエスの復活が明らかにされるときが来ました。しかし,実に静かに,また小規模な形で復活は明らかにされることになります。このことにも神のご計画があるのだということを,私たちは受け止めたいと思います。ルカはここで「ことば」に焦点を当てます。女たちは,墓にイエスがいないという事実を知ると途方にくれます。その時女性たちの前に,み使いが現れます。み使いは「イエスがお話になったことを思い出しなさい」と語りました。その時,女たちはイエスの語られた「みことば」を思い出しました。さらに,彼女たちは墓から戻り,今度は弟子たちに今あった出来事を伝えました。しかし,彼らの反応は「信じられない」というものだったのです。

3. キリストのことば
 使徒たちには「この話」はたわごとに思われました。使徒たちが信じられなかったのは,女性たちが話したことだけではなく,イエスの語られたことばそのものだったのです。なぜ信じられなかったのでしょうか。なぜ最初にこの事実を知らされたのが,女性たちだったのでしょうか。ことごとく神は,私たちの常識や順序,人間の勝手な思い込みや権威を退けられます。それは神のことば,キリストを信じる信仰によってのみ,私たちがこの事実を受け止めるようにという神の配慮があるからです。聖書において最も重要なのは,「キリストを信じる信仰」です。それは,聖書の神のことばに,絶対的な信頼を置く信仰と言ってもいいでしょう。この聖書を,私たちの常識や価値観,また勝手な思いで,弟子たちと同様に「たわごと」と思うのでしょうか。それとも,神のことば,救いのことばとして,信じ,受け取るのでしょうか。復活の根拠は,イエス・キリストが,はっきりとそのことを語ったということ,そして神がこのことを,聖書を通して私たちに語っているそこにあるのです。

[考えるために]
 弟子たちはなぜイエスの復活を聞いたときに,信じることができなかったのでしょうか。
 Ⅰペテロ1:23~25を読みましょう。

投稿者 mb-church : 2009年03月08日 07:30

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