« クリスマスのご案内 | メインページへ | 2008/12/28礼拝メッセージ »
2008年12月28日
2008/12/21礼拝メッセージ
2008年12月21日の礼拝メッセージの要約です。
ヨハネ1:14~18
「神の栄光を見る」
1. ことばは人となった
「ことばは人となって,私たちの間に住まわれた。」この言葉は「ことばは肉となって,私たちの間に幕屋を張った」と訳すことができます。「ことば」はイエス・キリストのことです。彼は,神のことばであり,世界のはじめから神とともにおられ,私たちの存在に深く関わっておられる方です。その神の子である方が,肉となったとあります。肉とは何でしょうか。それは肉体という意味でもありますが,それ以上に,私たち人間と一緒の肉,つまり病や痛み,そして孤独や死を経験し,人としての誘惑を受ける肉という意味で用いられています。
2. ことばは私たちの間に
神は決定的に人とは異なる存在です。聖書の語る神は,完全に聖なる方として表されています。もし,私たちがその神を失うならば,私たち自身の存在はなんと不確かなものとなるでしょうか。私たちはどこかで,神の存在を認め,神の存在を必要としています。しかし,私たちの力や知恵では神は見えない…それが私たちの姿なのです。「ことばは肉となって,私たちの間に幕屋をはられた。」これは決して仮の宿を取ったという意味ではありません。私たち同じように,この世界で生きてくださった,という意味です。イエスは私たちと変わらない姿をとってくださいました。そのことを最もよく表しているのが,このクリスマスです。イエスの誕生はあまりにも悲惨で,みすぼらしいものでした。彼らの居場所はベツレヘムのどこにもなく,その生まれ着いた先は飼い葉おけでした(ルカ2章)。イエスは肉となって,私たちと同じように,いやそれ以下のところに来てくださったのです。
3. 神の栄光
ヨハネはそのイエスの姿に,神のひとり子としての栄光を見たと言います。あの誕生シーンのどこに栄光があるのでしょうか。私たちの考える栄光とは違うものがここに示されています。なぜイエスは人とならなくてはならなかったのでしょうか。これが神の栄光のなぞを解く鍵です。神の前に罪深く,弱く,死という現実を抱えている私たちを,私たちの下から救い上げるために,イエスは人となられました。ここに私たちの考えを超えた神の業,神の栄光を見出します。イエスは神の恵みと神のまことに満ちたお方です。この方をお迎えしてまいりましょう。
[考えるために]
なぜイエスは人となられたのでしょうか。神の栄光はイエスのどこにあらわされたのでしょうか。
投稿者 mb-church : 2008年12月28日 19:40
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.mb-church.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/281