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2008年11月01日

2008/10/26礼拝メッセージ

2008年10月26日の礼拝メッセージの要約です。
ルカ22:31~34
「あなたのために祈る主」

1. 苦しみの中で
 「神はなぜこのような現実を許しておられるのか。」私たちは苦しみの中叫びます。神が自分を見捨てていると思うときが私たちの生涯の中でもあります。「サタンが,あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って」とイエスはペテロに語りました。「あなたがた」とあります。イエスを信じる全ての人に対して「あなたがた」と言っています。キリストを信じる歩みの中で信仰における試練を与えることを,神が許容されることがあるというのです。ペテロにもそのようなことが起こりました。「三度の否認」でした。自分の力でイエスに従えると思っていたペテロ。それなりに自信も持っていたことでしょう。その彼が,自分の弱さ,欠けをまざまざと知らされる出来事に遭遇するのです。イエスはこのことを知っていたにもかかわらず,この言葉通りになります。

2. 神の方法
 分かっているならば回避してくれればよかったのに,と思います。しかし神の方法は違います。イエスは,「あなたの信仰がなくならないように,あなたのために祈りました」と言われました。ここで対比されているのは,サタンの願いと神の子キリストの祈りです。サタンの願いは,一時的に聞き届けられているかのように見えます。それは一時的であり,不変なものではありえません。しかし,イエスの祈りはどうでしょうか。イエスの祈りは完全で,圧倒的な力に満ちたものです。この祈りは,今もわたしたちに向けて祈られている祈りでもあります。わたしたちは何も守りのないなか,放り出されているわけでは決してありません。絶えず祈ってくださる主イエスのとりなしの祈りの中,わたしたちは導かれていると言えるのです。

3. 失敗の中から
 ペテロは予告通り失敗をしました。しかしイエスはこのようにペテロに語りかけています。「だからあなたは,立ち直ったら,兄弟たちを力づけてやりなさい。」イエスは知っていました。必ずペテロは試みにあうが,必ず立ち直ると。私たちが苦難を通るときに,私たちは同じように神から人生の歩みを与えられた人々を励ますことができるように整えられます。私たちに与えられた苦しみは,ただ自分だけの苦しみではありません。その苦しみは,すでに誰かが通った道であり,そしてこれから多くの人々が通るであろう苦しみなのです。主は今も祈ってくださっているのです。

[考えるために]
 神のとられる方法は,私たちとは同じなのでしょうか。
 今もイエスは私たちに何をしてくださっているのでしょうか。

投稿者 mb-church : 2008年11月01日 16:41

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