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2008年11月01日
2008/10/12礼拝メッセージ
2008年10月12日の礼拝メッセージの要約です。
ルカ22:7~22:23
「これを覚えなさい」
1. 最後の晩餐
十字架にかかる日が近づいてきました。異様な緊張感がこのときのエルサレムの町にはあったのではないかと思います。民衆の期待と祭司長たちの殺意。そのような中で「最後の晩餐」は開かれました。この食卓が聖餐式のはじめの時となります。この聖餐式はもともと「食事」でした。この食事は過ぎ越しの食事と呼ばれるものでした。この食事こそ,神の救いを思い起こすときであり,神との契約の証でもありました。
2. イエスの晩餐
この過ぎ越しの食事をイエスは新たなものとしました。十字架の贖い,そして救いの新しい契約・・・イエスは,これから起こる出来事を何度も思い起こすようにとこの食卓を弟子に用意しました。「神の国が完成するその時まで,過ぎ越しの食事はしない。」それは必ず私は神の国で,あなたとともに食事をするという約束の言葉です。この食卓は,神の家族の全員が招かれている食卓です。一人で飲み食いするのではなく,一つのパンと一つの杯を分かち合うようにと命じられています。
3. 教会の晩餐
過ぎ越しの祭りは一年に一度でした。しかし,聖餐式はいつでも開かれます。過ぎ越しの食事と違い,教会ではキリストの聖餐をいつも開きました。なぜなら,キリストの十字架の出来事が,今信じる者にとって,今まさに目の前で起きる出来事でもあるからです。イエスは「わたしを覚えてこれを行いなさい」と言われました。聖餐の中心にあるのは「イエスを覚えること」そして「新しい契約」を私たち自身に絶えず刻みつけ,告白していくことにあります。それは儀式としてというよりも,みことばが語られ,イエスの教えが語られ,そして,十字架の死において流された血潮とささげられた体を覚えるときであり,さらには主の約束を思い返す時でもあるのです。
4. 私たちの晩餐
イエスは私たちと親しく食事をともにしてくださいます。イエスご自身を私たちに与えてくださいました。そして,神の国で杯を交わそうと約束してくださったのです。今は目の前にイエスはいないけれども,信仰を持ってこの食卓に着くときに,私たちの目の前にイエスはいてくださるのです。
[考えるために]
イエスが備えられた聖餐には,どのような意味があるのでしょうか。
投稿者 mb-church : 2008年11月01日 16:23
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