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2008年10月16日

2008/9/21礼拝メッセージ

2008年9月21日の礼拝メッセージの要約です。
ルカ21:20~28
「頭を上にあげて」

1. 世の終わり
 「世の終わり」はいつの時代においても語られてきました。終末ということを,私たちは聖書から正しく知ることが必要でしょう。聖書は始まりがあり,終わりがあるということを語っています。始まりはこの世界の始まりであり,私たちのいのちの始まりでもあるでしょう。そして終わりは人の生涯の終わりであり,この世界の終わり,終末のことをも指しています。しかし,その「終わり」は同時に「神の国の完成」「神の国の開国」の時と言ってもいいものなのです。

2. 二つの終わり
 イエスは「世の終わり」について2つの側面から語りました。一つは「エルサレムの終焉」ともう一つは「世界の終末」です。「エルサレムの終焉」これは歴史の中ですでに起こった出来事です。「滅亡」「逃亡」「痛み」「大きな苦しみ」「神の怒り」それは悲しい現実です。当時の人々は神を信じる者にはこのようなことは起こらないと考えていました。しかし,イエスの認識は違いました。なぜならそのこともまた神によって預言された現実の苦難だったからです。この苦難は神の知らないことではなく,神が報いる日でもありました。さらにこの苦難に終わりがあります。「異邦人の時の終わるまで」さらに「人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗ってくる」その時こそ終わりの時です。

3. 贖いの時
 初代教会は実際にエルサレムの滅亡に直面しました。その現実を目の当たりにしたとき,彼らはイエスのことばを改めて現実のものとして受け取ったことでしょう。そして,身を引き締めたに違いありません。ここでイエスは言われました。「これらのことが起こり始めたなら,からだをまっすぐにし,頭を上げなさい。」苦難は起こる,しかしそのときこそ,頭を天に向け,神を見上げよとイエスは言いました。なぜなら「贖いの時」がいよいよ来たのです。つまり神の国がここに到来し,完成する・・・それが贖いの時です。私たちもまた苦難の先にある神の救いを,神の贖いの時を信仰によって見させていただきましょう。主イエスの十字架の苦難と死の先にある,復活の栄光と新しいいのちを見上げさせていただきましょう。

[考えるために]
 私たちの苦難の先に,主イエスは何を約束されたのでしょうか。

投稿者 mb-church : 2008年10月16日 14:08

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