« 2008/9/7礼拝メッセージ | メインページへ | 2008/9/21礼拝メッセージ »
2008年10月04日
2008/9/14礼拝メッセージ
2008年9月14日の礼拝メッセージの要約です。
ルカの福音書21:10~19
「忍耐によって」
1. イエスの預言
「恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現れます。」すでにこれらのことが,私たちの時代において起こっていることを私たちは見ています。今の日本において,実感としては薄いものも中にはあるでしょう。しかし,潜在的に言い知れない不安や焦燥感があることも事実です。しかし,いつ何が起こっても不思議ではない中に私たちは生きています。このイエスのことばを聞いた人々も同様だったことでしょう。また弟子たちの期待は,イエスが,ダビデのような王として君臨してくださると期待していました。イエスが王位に着いてくだされば,決してそのようなことは起こらない,そう期待していたことでしょう。
2. イエスの認識
しかし,イエスの現実認識は異なりました。これから起こるのは,多くの痛ましい事柄と迫害であると言うのです。キリストを信じる信仰は安易な慰めの信仰ではありません。また現実から目を背けさせるようなものでもありません。この世界を生きるということは,苦しみの連続です。聖書はそのことを最初から記しています。「あなたはちりだから,ちりに帰らなければならない。」私たちのいのちには苦しみが付きまといます。
3. 慰めのことば
しかし,イエスは従うものに対する慰めと励ましの言葉を語ってくださいました。それは,苦しみの時,迫害の時,痛みの時,そこに必ず神の手が伸ばされるという約束でした。迫害のときも心配しなくてよい,なぜならそのときが「あかし」の時となるからだと言われました。また語るべきこともあなたがたに与えると約束されました。さらなる苦しみに会おうとも,あなたがたの髪の毛の一本も失われることはないとお語りになりました。なぜなら,イエスご自身が,十字架上でこれらの苦しみを受けてくださり,そしてそれゆえに,神がこの方を高くあげてくださったからです。イエスの忍耐の先にあったのは,復活のいのち,復活の主の栄光でした。私たちもまた苦しみのなかで忍耐を強いられることもあるでしょう。しかし主に従うものの忍耐は,キリストご自身の忍耐がそこに合わさり,キリストが受けた栄光と同じ栄光が,そこに完全にあらわされるのです。私たちをどんなときにも守られ,支えてくださる主の約束にとどまらせていただきましょう。
[考えるために]
イエスの忍耐の先にあったものは何でしょうか。
私たちの忍耐の先に約束されているものは何でしょうか。
投稿者 mb-church : 2008年10月04日 14:53
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.mb-church.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/267