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2008年08月10日
2008/8/3礼拝メッセージ
2008年8月3日の礼拝メッセージの要約です。
ルカの福音書20:19~26
「神の肖像」
1. 律法学者たちの反発
たとえ話を聞いて,律法学者たちは自分たちのことであると気がつきました。しかし,彼らは神に立ち返りイエスを受け入れようとはしませんでした。反発の度合いを強め,義人を装った間者を送りました。イエスの言葉尻を捕まえて,理由をつけ総督の下へと引き出そうと考えたのです。自分たちの手を汚さずにイエスを葬り去ろう,それが彼らの狙いでした。
2. 間者の罠
彼らは税金に関する質問をイエスにしました。「私たちがカイザルに税金を納めることは,律法にかなっていることでしょうか。」この質問は,答え次第ではローマ総督へ引き出すか,もしくは民衆がイエスから離れていくきっかけになるものでした。イエスは答えました。「デナリ銀貨をわたしに見せなさい。これはだれの肖像ですか。」銀貨にはカイザルの肖像が彫られていました。そこでイエスはこのように言います。「カイザルのものはカイザルに。そして神のものは神に返しなさい。」イエスは税金を納めることを否定しませんでした。しかし,献げることの本質的な議論に入っていったのです。
3. 誰のものか
「神のものは神にかえしなさい。」問題はここです。「神のもの」これは一体何か。ここで注目すべきは「肖像」という言葉です。この言葉は「かたち」という言葉です。つまり,神のかたちとは何かという問いをイエスは投げかけているのです。神の「かたち」それは人間の創造のときに神が語った言葉です。神のかたちであるものは何でしょうか。それは「人」です。神のかたちでが刻まれている人間,そうあなた自身を神に返しなさい,神にささげなさい,と語られたのです。
4. 神のものは神へ
私たちの目線はどこに向けられているでしょうか?「神のものは神に返す」ということはどの範囲をさしているのでしょうか?旧約の規定である10分の1でしょうか。表向きは正しく行っているかのように見えて,全てをご存知で,全てを下さった方に何をお返ししていたのでしょうか。私たちは何よりも大きなものを神からいただいています。それが十字架の主イエス・キリストなのです。この十字架に対して,わたしたちは何を神にお返しすることができるでしょうか。
[考えるために]
あなたにはどなたの肖像が刻まれているのでしょうか。
何を神にお返しすることができるでしょうか。
投稿者 mb-church : 2008年08月10日 15:46
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