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2008年08月02日
2008/7/27礼拝メッセージ
2008年7月27日の礼拝メッセージの要約です。
ルカの福音書20:9~18
「砕きの石」
1. 主人と農夫
ある人がぶどう園を造り,農夫たちに貸して長い旅にでます。季節になりぶどう園の収穫の分け前をもらうことにしました。そこで一人のしもべを遣わします。ところが農夫たちは,このしもべを袋叩きにし送り返したのです。そのようなことが三度繰り返されます。このたとえ話は,イスラエルと神,人間と神との関係が描かれています。しもべは旧約の預言者です。神は預言者を通して,この世界の真の主人が誰であるかを語ってきました。しかし,その預言者を,神のことばである聖書を私たちはどのように扱ってきたのでしょうか。このたとえのように,そのことばを受け止めず,軽んじ,無視してしまっているような現実があるのではないでしょうか。
2. 主人の忍耐
この主人は,三度もしもべを農夫たちに送りました。これこそイエスが語る神の姿なのです。神は寛容にこの世界を私たちにゆだねておられます。そのような中で,何度も神は私たちに語りかけておられます。「今,神に立ち返りなさい,あなたは神から離れてしまっている。神は悔い改める民をあわれみ深く扱ってくださる」と語りかけてくださっている。しかし,私たちはその言葉に耳を傾けず,自分の考え,自分の悟りによって歩んでいるのです。しかし,神は三度目を越えて,とうとう彼の愛する息子を遣わすことにしました。しかし農夫たちは,その息子を殺すという暴挙に出るのです。当然,ぶどう園の主人はこの農夫を打ち滅ぼしてしまいました。
3. 和解の使者
人々は,この話を聞いてそんなことがあってはならないと言います。この主人は農夫たちに望みを置きました。何とか分かって欲しいと期待したのです。しかし,残念ながらその思いは農夫たちに届きませんでした。この息子は礎の石であり,その石によって私たちが神の前に問われているのだとイエスは語ります。この息子こそイエス自身です。イエスが来られたのは決して私たちを裁くためだけではありません。神が御子を世に遣わしたのは、御子によって世が救われるためなのです。愛する息子を送ったのは,そこに最後の希望を置くためでした。私たちは,その和解の使者をどのようにお迎えするのでしょうか。神の前に悔い改め,イエスを信じるならば必ず神との和解が与えられるのです。
[考えるために]
私たちと神様との関係を考えて見ましょう。
どれだけ多くのものが私たちの手に委ねられているのでしょうか。
投稿者 mb-church : 2008年08月02日 14:36
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