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2008年07月04日
2008/6/29礼拝メッセージ
2008年6月29日の礼拝メッセージの要約です。
ルカの福音書19:11~28
「主のみ思いはどこに」
1. 私たちと主の考えの違い
イエスがエルサレムに近づくと,人々は神の国がすぐに実現すると考えていました。人々の思い描く理想と,イエスが考える神の国とが異なっていました。カルバンはこう記しています。「われわれに良きものがあるとすれば,それは御霊の実にほかならず,これなしでは我々のものとしては精神の暗黒と心情の倒錯しかない。」私たちはどこかで自分は正しいものであるという思いを持ってしまいがちです。しかし,ここで一つのたとえ話を通してそのような考えを退けられました。
2. ある身分の高い人
ある身分の高い人はイエスのことを指しています。イエスが十字架の後に天にあげられ再び戻ってこられる,その間の時を指してたとえを話されました。この人は10人のしもべを呼んでお金を手渡して命じます。「私が帰るまで,これで商売しなさい。」イエスは王位を得て戻ってきます。そしてしもべたちがどのようにすごして来たかを聞くのです。お金を有効に運用したものには良い評価を与えられました。しかし,ある人が主人の前にやって来ました。彼はお金を包みにしまいこんで取っておきました。なぜなら,彼の目にこの主人は「計算の細かい厳しい方」「すべてを奪い取る方」として写っていたからです。主人はこの人に厳しい応答をしました。「その一ミナを彼から取り上げて,10ミナ持っている人にやりなさい。」
3. しもべの不理解
厳しい話です。しかし,私たちが一番に注目すべきことは,このしもべがまったく主人のことを理解していなかったということです。私たちもまた,イエスのことを理解しているでしょうか。ある人は,この方を王と認めません。また,ある人は,イエスを神の子と認めていながらも,イエスのことを理解しようとしていません。私たちの目にイエスはどのように映っているのでしょうか。儲けた人々は,預けられたものを最大限に用いようとしました。失敗するか,成功するかが問題ではありません。それよりも,彼らは主人に言われたことを忠実に実行し,必ず主がほめてくださると信じていました。主は私たちに恵みに生きるように,そして,必ず将来さらに私たちに与えてくださることを信じて生きるようにと,私たちに語ってくださっているのです。ただし忘れてはなりません。主イエスが望まれていることは何であるかを。
[考えるために]
主イエスの望まれていること,命じられていることは何でしょうか?
投稿者 mb-church : 2008年07月04日 13:15
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