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2008年05月22日

2008/5/11礼拝メッセージ

2008年5月11日の礼拝メッセージの要約です。
Ⅱコリント6:1~10
「いまという時を見つめて」

1. 恵みの時
 パウロは「いま」という時をどのようにとらえているでしょうか。イザヤ書を引用して,いまは恵みの時,救いの日であると記しています。「救いの日」とは実のところ神のみこころの時でもあります。「救い」は,私たちにはコントロールすることはできません。救いは,ただ神のみ思いによってもたらされるものです。それはただイエス・キリストの十字架と復活によって,神から与えられたのです。

2. いまという境
 恵みの時,救いの日は,イエス・キリストがその境にあります。キリスト以降はすべて「恵みの時,救いの日」なのです。このことは一人の人の生の中でも起こります。キリストを救い主として信じる前と後。イエスを救い主として信じる私たちが生きているのはまさに恵みの時である「いま」です。キリストにあるいまを自覚したときに,いったい私たちの中に何が湧き上がってくるのでしょうか?

3. 真のアイデンティティー
 イエスとの出会いによって,私たちの中に真のアイデンティティーの確立が与えられます。私たちが何者なのかということがはっきりするのです。そのことをパウロはこのように表現します。「あらゆることにおいて,自分を神のしもべとして推薦している・・・」彼はキリストを信じるすべての人を,神のしもべであると推薦しています。キリストを信じて生きるとはどういうことでしょうか?それは,「いま」という時をどのようにとらえるかにかかっています。

4. 逆転の恵み
 パウロも彼を取り囲む「いま」を見つめます。さらに彼の内面に起こった「いま」も記しています。これらはキリストを信じたことによって得たものであり,引き起こされた出来事です。良い評価も悪い評価ももちろんあります。しかし,彼の中にはキリストによってもたらされた救いが確かにあります。私たちは神のしもべなのです。神のしもべは逆転の恵みに生き続ける者たちです。そしてその逆転を可能にするものこそ,キリストの十字架なのです。

[考えるために]
 「いま」はキリストにあって,どのような時と言えるのでしょうか。

投稿者 mb-church : 2008年05月22日 16:14

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