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2008年05月14日

2008/4/27礼拝メッセージ

2008年4月27日の礼拝メッセージの要約です。
ルカの福音書18:15~17
「幼子のように」

1. 連れてこられた幼子たち
 イエスから祝福を受けようと,人々がその幼子たちをみもとに連れて来ました。彼らは,当時の慣例にしたがって,子どもたちに祝福を祈っていただこうとして,イエスのそばまで,子どもたちをつれてきたのです。その多くは乳飲み子であったことでしょう。この幼子たちは,「連れてこられた」子どもたちです。しかし,この微笑ましい光景も弟子たちに遮られました。しかし,この時代において,弟子たちの行為は常識的な行動でもありました。子どもの順番は,一番最後だったからです。しかし,イエスは幼子たちを呼び寄せます。イエスはここで当時の常識を覆して言いました。神の国はこのような者たちのものだと。神の基準は一体どこにあるのでしょうか。

2. 神の国にふさわしいもの
 イエスは言われました。子どもたちのように神の国を受け入れる者,それこそが神の国に入るものである,と。では「こどものように」とはどういうことでしょうか。子どものように「素直に」「疑うことをせず」ということでしょうか。この当時の子どもは「低い者」でもあります。そして,この子どもたちはイエスの前に連れてこられた者たちです。この子どもたちは受動的な存在です。子どものように神の国を受け入れるとは,子どものように素直に,疑わずに信じるということだけではありません。親に連れられて,またイエスに呼ばれたときに,そこに連れ出された最も謙った存在としての子どもたちの姿。その姿こそ,神の国に入るにふさわしいのです。

3. 謙遜
 真に謙るとはどのようなことなのでしょうか。それは,見せかけの謙遜さとは違います。また,逆に自分を卑しめることとも違います。この幼子たちは,そのようなどちらの謙遜さとも無縁の存在です。そして,神の国に入るには,子どものようにそこまで連れていってもらう存在でなければなりません。いったい誰に連れていっていただくのでしょうか。そう,それは神になのです。私たちは子どものように,全面的に神にゆだねる者とさせていただきましょう。

[考えるために]
 幼子のようになるとは,どのようなことでしょうか?
 神の国にはどのように入るのでしょうか?

投稿者 mb-church : 2008年05月14日 16:46

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