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2008年03月19日

2008/3/2礼拝メッセージ

2008年3月2日の礼拝メッセージの要約です。
ルカの福音書17:7~10
「しもべの姿」

1. 役にたたないしもべ
 「私たちは役に立たないしもべです。なすべきことをしただけです」謙遜さの極地と言ってもいいすぎではありません。この箇所から,奉仕のあるべき姿を教えられることでしょう。しかし,それだけで,ここを読むわけにもいきません。なぜなら,この箇所も前節とつながりのある箇所だからです。それは「誤った教え」,つまり「行いによる救い」という人の作り上げた枠から,私たちをその外に置くということでもありました。救いは,イエスを信じる信仰による救い以外にはありません。そこには,一切の妥協も,一切の混ぜ物もしてはならないのです。

2. しもべのたとえ
 しもべが野に出て仕事をしてきました。主人は,その働きに対して,過度に感謝するでしょうか?いいえ,しないでしょう。そのしもべは言いつけられたことをしたに過ぎません。つまり,このしもべが正しいことをしたからといって,主人からしもべが受けるである待遇以上のものを得るわけではありません。正しい行いによって,このしもべは,主人である神から特別待遇をされるわけではないのです。

3. 私たちの務め
 私たちは,神がデザインし,生かし,守ってくださらなければ存在し得ない者たちです。私たちは,ただ神によって与えられた務めを果たしているにすぎません。しかし,いつでも,私たちは与えられた救いや(神の子としての)身分に,混ぜ物をする危険性があります。しかし,イエスが語られたのは,主の前にへりくだる者,自分を罪人とし,ただ神のあわれみにより頼み,神の救いを待ち望む者に救いを与えるのだということでした。私たちは,救いを与えてくださる十字架を絶えず見続けなくてはなりません。その時に,私たちは,与えられた生涯,働き,能力,財産,そのすべてが神が私たちに与え,ゆだねてくださったものだと理解することができるでしょう。そして私たちは自分は役に立たないしもべですが,喜んで,その務めをさせてください,と口にすることでしょう。私たちは,与えられた務めに対し,希望と勇気を持って向かい続けてまいりましょう。

[考えるために]
 私たちの救いの根拠はどこにあるのでしょうか。

投稿者 mb-church : 2008年03月19日 12:18

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