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2007年10月14日
2007/10/14礼拝メッセージ
2007年10月14日の礼拝メッセージの要約です。
ルカの福音書14:1~6
「安息日に求めること」
1. 家を訪れたイエス
再び,イエスはパリサイ人の家へとやってきました。イエスは「招かれざる客」であったかもしれません。ここでは,さまざまな視線が交錯しています。みんながじっとイエスを見つめていました。そこに注がれていたのは,疑いやねたみのようなものかもしれません。人々の視線の中で,イエスご自身の視線は,どこに注がれていたのでしょうか。
2. イエスの前
イエスの真正面には病の人がいました。水腫のあったこの人のことは,深く「罪」とかかわりのあるものとして受け止められていたことでしょう。その病にかかった人の前にイエスはいました。この人は,偶然にイエスの前にいたのでしょうか?自らここに入ってきたのか,それともパリサイ人たちに連れてこられたのか?しかし,重要なことは,今,この人はイエスの前にいる,それが重要なのです。
3. 安息日問題
イエスは人々の前で問われます。「安息日に病気を直すことは正しいことですか?」なぜ,この議論が福音書に頻繁に出てくるのでしょうか。それは,当時の教会で,律法を守るとはどのようなことかが,重要な課題であったからです。イエスが取り扱われたのは,律法をいかにうまく守るか?ではありません。イエスが教えたのは,律法の持つ本質,律法を与えた神のみこころそのものでした。
4. 安息日に覚えるべきこと
イエスの問いに,なぜ彼らは黙っていたのでしょうか?彼らは自分たちでつくりあげた壁を,自分で乗り越えることができませんでした。しかし,イエスはこの壁をみごとに打ち壊します。イエスは,この病の人を抱いていやされました。ここに神の私たち罪人に対する変わらぬあわれみ,愛の姿を私たちは見ます。神のみこころはは,ただ安息日を守ることにあるのではありません。神の愛,赦し,救いがあらわされることに,安息日の本質があるのです。この日こそ,この水腫が直ったこの人のように,イエスに抱かれる日なのです。
[考えるために]
安息日にあらわすべきことは何でしょうか?
投稿者 mb-church : 2007年10月14日 15:06
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