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2007年09月04日

2007/8/26礼拝メッセージ

2007年8月26日の礼拝メッセージの要約です。
ローマ人への手紙7:15~8:2
「恵みに帰る信仰」

[ハイデルベルグ信仰問答]
問い3:何によって,あなたは、あなたのみじめなことを,認めることができるのですか。
答え:神の律法によるのです。

問い4:神の律法は、私たちに,何を要求するのですか。
答え:キリストは,律法の内容を,マタイによる福音書22章の中に。おまとめになりました。「『心を尽くし,思いを尽くし,知力を尽くして,あなたの神である主を愛せよ。』これがたいせつな第一の戒めです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも,それと同じようにたいせつです。律法全体と預言者とが,この二つの戒めにかかっているのです。」

問い5:あなたはこれら全てを,完全に守ることができますか。
答え:できません。なぜならば、うまれつき,神と隣人とを憎む傾向にあるからです。

1. わたしの罪とわたしの悲惨
 私たちが,神の慰めに生きるためには,「わたしの罪とわたしの悲惨とが,どんなに大きいかということ」を知らなくてはなりません。悲惨さをつきつめていくと,私たちは自分を守るために自己防衛することでしょう。しかし,聖書はその自衛本能に対し,罪と悲惨に向き合うようにと語りかけています。

2. みじめさ
 パウロはその悲惨さをこう記しています。「私は,ほんとうにみじめな人間です。」私たちもみじめさを感じることがあります。しかし,本当にはそのみじめさに向き合おうとはしていません。自分のみじめさを認めようとはしていないのです。

3. 恵みに生きる
 みじめさから私たちを救い出すことのできるお方は,イエス・キリストだけです。私たちが,自分の罪深さを知れば知るほど,神の赦しが恵みであることに気がつかされます。この逆説的な恵みの経験に,私たちは絶えず生きなくてはならないと聖書は教えるのです。そして,私たちは神の律法(み教え)によって,真の罪の深さを知ることができるのです。

[考えるために]
 あなたは自分の,また人間の悲惨さ,みじめさ,罪深さをどのようにとらえているでしょうか?

投稿者 mb-church : 2007年09月04日 11:28

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