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2007年03月08日
2007/3/4礼拝メッセージ
2007年3月4日のメッセージの要約です。
ルカの福音書10章25~28節
「そうすれば,いのちを得る」
1. 「賢い者」からの反応
これまでの大きなポイントは,第一に,キリストの弟子たちは平和をのべ伝えるということ。そして第二に,福音が「幼児」に知らされているということでした。そこで,ある律法の専門家が質問をします。「何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか。」永遠のいのちは,聖書において大変意義深い言葉の一つです。「いのち」という言葉で語られるその意味の深さ,豊かさを,私たちは知る必要があるでしょう。それは22節でイエスが示されたように,神との特別な関係で語られるものだからです。
2. 自らの正しさと神のみこころ
自らの正しさを律法の専門家は示そうとしましたが,イエスは,神にあるいのちのあり方を示されました。それは,律法によって示されてきたことでした。神を愛すること,そして隣人を愛すること。律法の専門家は,そこに示された神のみこころに生きるのではなく,自分の正しさのために律法を引用しました。そこでイエスは,こう言われました。「それを実行しなさい。」なぜ,イエスはこのようにお答えになったのでしょうか。
3. 律法の役割
律法には二つの役割があります。第一に,律法には,神のみこころ,神の聖さ,神の基準が表されています。律法によって私たちは自分の不完全さ,罪を示され,イエス・キリストのもとへと導かれていくのです。しかし,それだけではありません。それは,新しいいのちの生き方を示すという役割です。イエスが与えてくださる神との平和,人との和解という生き方そのものを,律法は指し続けています。律法は,新しいいのちを得た者,つまり,神の子とされた者の生きる基準でもあるということなのです。これこそ「永遠のいのち」の生き方へと通じる道です。罪赦された者の生きる道は,神を愛し,与えられた隣人を愛することです。それがキリストの示された足跡であり,まことのいのちを燃やす生なのです。
[考えるために]
律法の役割とは何でしょうか?
投稿者 mb-church : 2007年03月08日 18:46