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2007年02月22日
2007/2/18礼拝メッセージ
2007年2月18日のメッセージの要約です。
ルカの福音書10章17~20節
「ただその名がしるされていることを」
1. 帰還した弟子たち
70人が喜んでイエス様のもとに帰ってきました。彼らが,イエスに命じられたように,町々へと行き,イエスの名にある平安と赦しを宣言するときに,罪の赦しと解放が与えられました。罪によって,この世界が苦しみ,痛み,ゆがめられている。悪霊の働きを何もオカルトの世界だけで捉えてはなりません。悪霊の働き,それはつまり罪に支配されている状態のことを指し,そこには,神にある平安はありません。そこにあるのは,絶えず分裂と争い,比較,ねたみ,不安…です。それは御霊によって与えられるものと正反対のものと言っていいでしょう。
2. 勝利したイエス
神は,この世界と人間をよきものとして創造しました。しかし,人間の罪ゆえに,それはゆがみ,汚れたものとなってしまいました。しかし,イエスの名によって,その罪からの解放が与えられます。イエスの前でサタンはもはや権威者ではなく,罪の支配は終焉したのです。私たちに致命傷を負わせる敵はいないのです。イエスの名にあるならば,私たちはすでに神のもの,神の民となっているのです。
3. 当たり前ではない恵み
しかし,イエスはここで弟子たちに注意を与えます。イエスにある権威が与えられたからといって,思い上がってはならないと戒められます。それは,つまり罪赦されているからといって,それを自分の力でなしえた,自分はもう大丈夫,自分は達成したと思ってはならない,ということでしょう。私たちが救われたのは,神の側の一方的な選びと恵みによるものなのです。私たちは世を裁くものではなく,キリストにある救いを証するものとして,この世に遣わされているのです。
[考えるために]
神の側の驚くべき恵みとは何でしょうか?
投稿者 mb-church : 2007年02月22日 17:42
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