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2007年02月14日

2007/2/11礼拝メッセージ

2007年2月11日のメッセージの要約です。
ルカの福音書10章3~16節
「信仰からくる朗らかさ」

1. 信仰からくる朗らかさ
 日本の教会にないものとは何でしょうか?会堂もあります。礼拝もあります。聖書もあります。しかし,主にある開かれた雰囲気というものに欠ける場合が多いのではないでしょうか。来た人だれもがここに居てよいのだ,という雰囲気。これは信仰からくる朗らかさということに起因するのではないでしょうか。

2. 神の平安,平和を宣言するもの
 私たちは,「平安があるように」と語るように導かれています。これは,福音の中心にあるメッセージです。神のとの和解,罪の赦しがここにあります。また,私たち人間の平安,平和の鍵がここにあります。キリストの十字架によって,罪ののろいが取り除かれ,神の国の民として歩むことが許されるという祝福が,私たちに与えられています。

3. 裁きを宣言するもの
 しかし,多くの人々が,この福音を拒否します。当時の人々も,また現代に生きる私たちも,同様にこの福音を拒否する者が多くいます。イエスは,そのような人々に対し,裁きの言葉を宣告しています。しかし,この言葉は「裁き」の宣言であると同時に,「招きの言葉」でもあることに気がつかなくてはなりません。

4. 罪びとのかしらとして
 イエスは,私たちを遣わされます。私たちは,裁きとともに,十字架にある赦しの福音をのべつたえます。そのときに,私たち自身もまた,罪人の一人であり,神の憐れみを受けた一人であることを,忘れてはなりません。私たちが人を裁くのではありません。私たちは,キリストの招きを,キリストにある和解を人々に伝えるのです。信仰にある朗らかさは,自分が救われないものであるのに,一方的な恵みによって救われた,という信仰から生じるものなのです。私たちもまた,神の愛を知ったものとして,遣わされてまいりましょう。

[考えるために]
 イエスはなぜ嘆き,厳しいことばを伝えられたのでしょうか?

投稿者 mb-church : 2007年02月14日 13:56

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