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2006年11月05日

2006/11/05礼拝メッセージ

2006年11月5日のメッセージの要約です。
ルカの福音書9章23~27節
「いのちを救う者」

1. 十字架を背負う
 ペテロの「神のキリストです」という告白の後,イエスは「自分の十字架を負いなさい」という命令を与えました。この言葉だけを見ると,自分のエゴを捨て,自分の運命を背負いなさい,という命令に聞こえます。しかし,この十字架を「運命や重荷」と読み取るのは,イエスの言葉の意図から離れた読み取り方となるでしょう。「自分を捨てる」とはいかなることでしょうか。自分を捨てるとは,自分が思う救い,自分が考える正しさを捨てるといことです。まず私たちは,十字架を背負う前に,自分を捨てなくてはならないのです。

2. 十字架を掲げる
 十字架を負うとは,運命や義務を負うのではなく,十字架を掲げるということです。つまり,十字架を背負うとは,あなたに与えられた十字架の救い,恵みを掲げるということです。これこそ,自分の十字架を負うということの意味です。私たちは,自分を掲げるのではなく,一人一人に与えられるキリストの十字架を日々掲げるのです。

3. がんばるのではなく
 「自分のいのちを救おうと思う者は,それを失い,わたしのために自分のいのちを失う者は,それを救うのです。」自分で自分のことを救おう,よくしようとがんばっている限り,イエスの十字架を感謝を持って受け取ることはできません。私たちは,自分の力で歩み続けている限り,十字架の福音の本質を知ることはできないでしょう。しかし,その一方で,自分を捨てることも努力ではできないものです。だからこそ,私たちは,圧倒的な十字架の恵み,十字架のすばらしさを,絶えず知らなくてはなりません。そのときに,私たちは自分を捨てることへと導かれるのです。あなたを救うという神の約束により頼んでいきましょう。

[考えるために]
 あなたに与えられた十字架の恵みとは何でしょうか?
 あなたは自分の力で自分を救おうとする者でしょうか,それともイエスの十字架に生きる者でしょうか。

投稿者 mb-church : 2006年11月05日 15:26

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