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2006年10月11日
2006/10/8礼拝メッセージ
2006年10月8日のメッセージの要約です。
ルカの福音書8章49~56節
「イエスの時」
1. 最悪の知らせ
長血をわずらった女性とのやり取りに,どれぐらいの時間を要したのでしょうか。私たちは再びヤイロへと視点が戻されます。長く癒されることのなかった女性の病は癒されました。しかし,ここで,最悪の知らせが届きます。娘の死の知らせでした。この言葉を聞いた時の,ヤイロの気持ちはどうだったのでしょうか。
2. なぜ?
私たちにもこのような瞬間があります。なぜあの時,神は助けてくれなかったのか?私の祈りになぜ応えてくれなかったのか?ここに来るまでに,すでにイエスは多くの癒しの奇跡を行ってきました。病をいやし,悪霊を追い出し,さらには,死者をもよみがえらせた。しかし,この絶望を前にして,そのような知識や情報など何の役にもたたなくなってしまったのです。すべての希望が失われてしまいました。この時のヤイロに誰がことばをかけることができたでしょうか。
3. イエスのことば
イエスはこのときに,「恐れないで,ただ信じなさい。そうすれば娘は直ります」と声をかけられました。絶望に満たされたこの家に,救いを宣言することのできるお方こそ,イエス・キリストその人でした。この言葉どおりに,ヤイロの家族に希望が与えられます。
4. あなたに語られる福音
私たちにはどうすることのできない「死」,「時」をも,イエスの手にあります。この時,イエスはごく限られた人々しか現場に招きいれませんでした。それは,福音が,不特定多数の人に語られたのではなく,イエスの目の前にいる人,ヤイロやその家族に直接語られたからです。私たちの目には,どうしよもなく映るその状況も,イエスはその手に治めておられます。私たちもまた,イエスの約束を信じ,どのような時にも希望を与えられる者とさせていただきましょう。
[考えるために]
イエスはどのようなお方でしょうか。イエスの与えてくださるものは,何でしょうか?
投稿者 mb-church : 2006年10月11日 09:43
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