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2006年10月03日

2006/10/1礼拝メッセージ

2006年10月1日のメッセージの要約です。
ルカの福音書8章40~48節
「イエスへの信仰」

1. ヤイロの娘と病の女
 ヤイロはその娘の癒しを求めて,イエスのもとに来ました。そして,イエスに来て欲しいと懇願します。しかし,話はスムーズには進みません。そこに長血をわずらった女性の事件が起きてしまったのです。この女性は,おそらく汚れた人,罪人として扱われていたことでしょう。先を急いでいたイエスでしたが,この女性のために立ち止まったのです。

2. 女とイエス
 人々の前に出ることのできないこの女は,「お着物にさわることでもできれば,きっと直る」と考え,決死の覚悟でイエスの着物のふさに触りました。そして,彼女の病は癒されます。しかし,この話はこれで終わりませんでした。イエスは,その触った人を探し出そうとされたのです。イエスは,本当に誰が触ったのかわからなかったのでしょうか?おそらく,イエスは自分の着物に触ったのが誰であるか,そして何が起こったのかを知っていたことでしょう。知っていながら,イエスは,あえて誰かと問われたのです。この言葉の向けられた先は,長血をわずらっていたこの女性でした。彼女は,恐れに満たされながらイエスの前にひれ伏し,すべての民の前で事の次第を話すことになりました。これこそイエスが求めていたことだったのです。イエスは,この女性に,信仰の告白をさせ,さらには救いの確信を与えようとされたのです。

3. 私たちの応答
 ここから私たちは三つのことを教えられます。まず第一に,イエスにはいつでも与える準備があるということです。また第二に,イエスはその信仰をはっきりとさせる,ということです。そして第三に,キリストへの信仰は私たちを送り出す,ということです。私たちもまた,イエスを信じる信仰によって,安心して歩みをすすめてまいりましょう。

[考えるために]
 イエスを信じるときに,イエスはあなたに何と声をかけて,送り出されるでしょうか?

投稿者 mb-church : 2006年10月03日 10:40

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