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2006年03月02日
2006/2/26礼拝メッセージ
2006年2月26日の礼拝メッセージです。
ルカの福音書4章14~22節より
「会堂での教え」
1. 貧しい人のもとに
イエスはナザレの会堂で,イザヤ書を朗読しました。そこにイエスが来られた目的が記されていました。第一に,イエスは「貧しい人々に福音を伝える」ために来ました。ここでの貧しさとは,経済的な面だけをさしているのではありません。貧しさとは,神への飢え渇きのある人のことでしょう。貧しい人々,神なき人々,希望のない人々に,福音を伝えるために,キリストは来て下さったのです。
2. 捕らわれ人のもとに
第二に,キリストは「捕らわれ人には赦免を」与えるために来られました。私たちの存在が,何かに捕らわれています。神のみこころではなく,自分を正しいとするための律法に捕らわれている人。お金や欲に捕らわれている人。恐れや怒りに捕らわれている人。私たちは,この世に鎖をつながれた囚人です。自分ではどうすることもできないそれらの鎖を解き放ち,自由にするためにキリストは来て下さったのです。
3. 目の見えない人のもとに
第三に,「盲人には目の開かれることを告げるために」イエスは来られました。目が見えないことは,肉体的というよりも,私たちの状態をさしています。私たちが陥っている,神なき,望みのない状態。「罪」によって,私たちの目は曇っているのです。聖なる神の前に立ったとき,誰一人罪はないと言える人はいません。しかし,キリストは,その私たちのところに来て下さり,見えない目を開けるために来て下さったのです。
4. しいたげられている人のもとに
第四に,「しいたげられている人々を自由にするために」イエスは来られました。しいたげられるという言葉と,試練や苦しみは密接な関係があります。なぜ?と問わずにはいられないようなことが,世界には満ち溢れています。その試練,苦しみ,そして死を打ち破るために,キリストは来られました。そして,イエスは私たちを裁くことよりも先に,私たちに「主の恵みの年」を告げ知らせるために来られたのです。
[考えるために]
イエスは,なぜこの世界に来られたのでしょうか?
投稿者 mb-church : 2006年03月02日 09:36
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