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2006年01月22日
2006/1/22礼拝メッセージ
2006年1月22日の礼拝メッセージです。
ルカの福音書2章41~52節より。
「探す人は誰?」
1. 幼少のエピソード
この箇所は,おそらくマリヤが回想したキリストのエピソードの一つでしょう。イエスは,どちらかといえば貧しい家に属する家庭に育ち,ごくごく普通に育てられたようです。イエスは神であるにもかかわらず,目立つ存在としてではなく,影に隠れたような形で歩んでくださいました。このことも大きな私たちへのメッセージでもあるでしょう。
2. 事件
それは,イエスの両親が「過ぎこしの祭り」のために,エルサレムに上っていった際に起こりました。イエスが12歳のときです。帰路についた一行の中に,イエスがいなかったのです。両親は,このことに気がつくと,懸命に探しながらエルサレムまで引き返していきました。しかし,探し出したイエスは,なんと宮で教師たちの真ん中に座って,彼らと話しをしているではありませんか。当然,両親は驚き,イエスを戒めます。イエスは,神の子としての片鱗を見せていたのですが,そんなことは両親にとっては関係ありません。自分たちが,どれだけイエスを失って心配したか。そのことの方が,ここでは大事なことでした。
3. イエスのことば
しかし,イエスは両親をいさめます。「わたしが必ず自分の父の家にいることを,ご存知なかったのですか。」通常であれば,イエスの行為は許されないものです。しかし,マリヤもヨセフも,イエスの言葉に対して何ともいえない説得力を感じたようです。イエスは生まれたときから,神の子キリストでした。そして,この出来事を通して,イエスは成人する前に,両親に対してご自身が神の子であるとの予告をされました。そして何より,イエスは,ご自分を探し出すということの意味をここで示されました。私たちが懸命に探し出そうとしておられる方は,父の家で待っていてくださっているということ。あなたの探している方はどのような方なのでしょうか?
[考えるために]
キリストはどこであなたを待っておられるでしょうか?
投稿者 mb-church : 2006年01月22日 19:07
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