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2005年12月11日
2005/12/11礼拝メッセージ
2005年12月11日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「マリヤの賛美」
ルカの福音書1:39~56より
1. マリヤの賛美
「マリヤは言った」とあります。実際に,マリヤがすぐにこの賛美を歌ったのかはわかりません。この滞在期間中にこの賛美を歌った,とも考えられます。マリヤは,この驚くべきみ告げをどのように受け止めていったのでしょうか。神を信じている。それでもなお,私たちは不安を感じ,思い悩むことがあります。この賛美を通して,マリヤがいかに神をほめたたえるに至ったかを知ることができるでしょう。
2. このはしために
マリヤは,何よりもまず,自分が「卑しいはしため」であると告白しています。このような小さな者に,大いなる神のご計画が及んでいるということ。彼女が頼りにできるのは「神」のみでした。そのことを,マリヤは旧約聖書のことばや信仰者の姿からよく教えられ,理解していったようです。マリヤが,ここで確信したのは,小さな自分に臨む,大いなる神のことば,神のご計画でした。
3. 友の存在
そして,さらにエリサベツの存在がありました。頼りになる信仰の友の存在は,私たちの信仰生活にかかすことができません。私たちがいかなる時にも信頼しうるのは聖書のことばです。そして,さらに励まし支えるために与えられている信仰の友が,私たちには備えられているのです。
4. みこころへの理解
マリヤはひとつの確信を得ます。それは,心の高ぶるものを神は退け,低いものを高く引き上げるのだということです。マリヤは自分の身になぜこのようなことが起きたのかをよく考え,祈ったことでしょう。そして確信したのは,自分のような弱い者を通して,神の力強い救いが現されていくということでした。神の救いは,自らを高くするもの,自らを正しいとするもののところにではなく,自らを低く,そして,神の前にへりくだる者のところにこられるのです。
[考えるために]
私たちは神の前でいかなる者でしょうか?
私たちに与えられている約束,助けは何でしょうか?
投稿者 mb-church : 2005年12月11日 22:12
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