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2005年10月30日
2005/10/30礼拝メッセージ
2005年10月30日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「神による働き」
ピリピ人への手紙1:1~11より
1. 最初の日
皆さんの始めの日を思い返してください。それぞれにキリストのとの出会いは違うでしょう。それは,私たちにとって,聖書や教会に関わり始めた時や人との出会いと言うことができるでしょうし,この手紙では,パウロがピリピの教会に福音を伝えた時,とも言えるでしょう。つまり,歴史上,いわば無数の出発点があったと言えます。
2. コイノニア
「福音を広めること」にはコイノニアという語が用いられています。福音を広めるとは,ただ伝えるというだけではなく,私たちの間で,その福音が分かち合われているということです。福音が広められていくことは,福音にある交わりへと人々を招くことなのです。
3. 誰が始めた働きなのか
この働きは「よい働き」であると書かれています。では,この働きをはじめたのは誰なのでしょうか。パウロでしょうか,使徒たちでしょうか。パウロは,この働きを始めたのは,彼自身ではなく神であると語っています。パウロとピリピの人々との出会いは使徒の働き16章に詳しく記されています。彼がピリピに行くことになったのは神による導きでした。またピリピでの人々との出会い,またそこで経験した奇跡も神の業でした。そして,今,またパウロはこの手紙をローマの獄中で書き記しています。パウロは,身動きのとれない状況であっても,そこに神の導きを見出していましたし,また働きが,神によって完成に向かっているということを確信していたのです。
4. 私たちの基準
パウロは祈っています。ピリピの人々が,信仰において自立し,そしてキリストの義の実に満たされ,神の栄光が現されることを。私たちの基準はどこにあるのでしょうか。パウロは最初から完成の時まで,そこに神を見ています。だからこそ,パウロの基準も,自分や人にではなく,神にのみあります。私たちも同様に,最初から終わりまで確かに導かれる方,ともに歩まれる神を覚えて歩みを進めていきましょう。
[考えるために]
ことを始められるのは誰でしょうか?また完成させてくださる方は誰でしょうか?
投稿者 mb-church : 2005年10月30日 07:59
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