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2005年09月28日

海の家

私たちが次に向かったのは「海の家」
それは・・・

まさに「海の家」でした。

私たちは先ほど訪問した地域から教会に戻ると,車に乗り込み海の方へと向かいました。
ついたところはこのような場所でした。

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泥とごみが集積しているようなところに,木を打ち込み,
そして板を張り,小屋を立て,そこに人々が住んでいるのです。
ここにもクリスチャンの家族がいるということなので訪問しに行きました。

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ここでも田原宣教師は,細い板の上をスタスタと歩いていきます。
私たちは「おおっ」とか,「こんなところを・・・」と口走りながらついていきます。
ここに住む子供たちは,飛ぶようにこの板の上を走っていくのです。

この海の上の集落の最端にある家につきました。
そこでは,ちょっとはにかみながらも明るい笑顔の女性が私たちを迎え入れてくれました。

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奥にいるのはご主人です。
アクセサリーを作る内職をしながら,この家族を養っているのはこの奥さま。
フィリピンでは学歴のない男性が定職を得るのは難しく,
ここのご主人もなかなか仕事がみつからないそうです。
そんなわけで,男たちは昼まから,賭け事やお酒に溺れてしまう人も少なくありません。
この家に来る途中でもそのような男性たちがたむろっていました。
このご主人はそのような中からも,神様を信じて祈りつつ歩もうとされています。
そして何とこの家でも集会が開かれているのです!

この家のゆかはこんな感じ。

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スカスカ。下の海が見えています。
嵐が来たらどうするんでしょう?
ここでも私たちはともに祈りました。
この家にも神様の祝福と導きがありますように!

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それにしても驚くのは,この海の家のどの家にも,オーディオセットだけはあるということです。
フィリピンの家庭ではなくてはならないものの一つのようです。
どこでも大音量で音楽をならしています。
しかもある家ではテレビゲームまでしていました。
貧しくてもにぎやかに暮らすフィリピンの一面を垣間見ました。
#それしか娯楽がないという事情でもあるようですが。

投稿者 mb-church : 17:25 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月27日

コンパッション

セブに戻ってきた次の日。
この日はコンパッションの働きを見に行きました。
コンパッションとは・・・

コンパッションとは,セブでも貧しい地域のこどもたちへのマンダウェ教会による支援プログラムです。
田原宣教師は,この働きに長く携わってきました。
今日は,このコンパッションのサポートを受けているこどもたちの住む地域を見に行きました。

ということで,まずは教会からこれに乗ります。

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トライシクルという乗物。
バイクもあるようですが,私たちが乗ったのは,それの自転車版。
お~これは~と思うような自転車が動力源のサイドカーです。
これに大人二人がギュギュッと乗り込み,ガタゴトとのんびり移動です。
トライシクルを降り,さらに細い路地を行くと着きました。
傾きそうな,いや実際傾いている家が密集する地域に。

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そんな路地をスタスタと歩いて行く田原宣教師。
私たちがきょろきょろしながらついて行くと,この働きを担っている方の家に到着。
こんなかわいい赤ちゃんが私たちを迎えてくれました。

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さらに私たちは,この家を出て,奥へ奥へと入っていきます。
そしてこの地域の集会所へとたどりつきました。
どこからともなくこどもたちが集まり,あっという間に囲まれてしまいました。

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どこに行っても,「トシ,トシ」と声をかけられる田原寿子宣教師。
親しみと尊敬と,そして信頼が,呼びかけにこもっていました。
なんだかこちらがうれしくなります。
このこどもたちの中にもコンパッションの支援を受けているこどもがいるとこのこと。
そして,その親たちが,この集会所に集まり,聖書を開くそうです。
その中には信仰を持つ人も少なくありません。
この子とこのお父さん。#赤いシャツの子と黒髪の人。

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今度の日曜日に洗礼を受けるそうです。
実際に現地の教会からの支援を受け,そしてその中から信仰を持つ人がいる!
本当にすばらしい働きがこのセブの地でなされていることを目の当たりにして,
ツアー一同心が動かされたのでした。

それにしても目の前に広がる集落は,日本とはまったく異なる風景でした。
特に水。
水道などなく,井戸水で暮らしています。それも下水が浸透しているであろう井戸水で。
なので飲む水は購入しているそうです。
この地にいる忠実なキリスト者の上に,またこどもたちの上に主の祝福を祈ります。

投稿者 mb-church : 12:38 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月25日

2005/9/25礼拝メッセージ

2005年9月25日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「幸いな人」
詩篇1篇より

1. 詩篇を詠む
 詩篇は「詩」です。韻を踏み,対句や反復,比喩などの詩の技法を随所に見ることができます。詩篇1篇もとても美しい詩の形式をとっています。日本語で読む時にも,詩篇が詩であることを意識し,深く味わいましょう。

2. 幸いな人
 この詩篇は,最初の3節,次の2節,最後の1節という3つのパートに分けることができます。最初の3節では「幸いな人」について歌われています。幸いな人とは,悪者,罪人,あざける者ではありません。本当に幸いな人とは,「主のおしえを喜びとし、そのおしえを口ずさむ」人のことであると歌い手は言います。その人はまるで水路のそばに植わった木のようだ,と歌われています。

3. 悪者の姿
 それと対極的に描かれるのが悪者の姿です。それはまるで「もみがら」です。神のことばを持たず,神の思いを知らず生きる姿。それはおろかな人間の姿そのものです。私たちは神の被造物であり,神が私たちを覚えてくださらなければ,私たちの歩みなど「もみがら」にすぎないということを私たちは心に覚えるべきです。

4. 幸いな歩みへ
 歌い手は,この詩を実感を込めて詠んだことでしょう。彼自身が,これまでの歩みを振り返った時,そこに神の恵みが満ち溢れていたことを実感したことでしょう。単なるラッキーでもなく,またアンラッキーでもない。そうではなく,自分の生涯に神を認め,語りかけてくださる神に耳を傾ける姿がこの詩篇にはあります。もみがらのような者であった自分が,神のみことばにより,水路に植わった木のようになる。神は,信じる者の道を知っていてくださり,私たちを幸いな歩みへと導きいれてくださるのです。

[考えるために]
 あなたの歩みは水路のそばの木のようでしょうか。それとももみがらのようでしょうか?

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2005年09月22日

再びマンダウェへ

ボホールでの2泊3日を味わいつくし,私たちは再びセブへと戻ってきました。
今日は金曜日。金曜日の夜は,マンダウェ教会の祈祷会があるのです。

マンダウェ教会は,週に2回祈祷会が開かれます。
火曜日と金曜日。
火曜日は海外宣教のための祈祷会。そして金曜日は教会全体の祈祷会となっています。
私たちは,船から降りると(帰りの船はあまりゆれませんでした!)教会に直行しました。

金曜日の祈祷会の特徴を一言で表現すると,「ファミリー」でしょうか。
こどもからご高齢の方まで,なんて多くの人が集っているのでしょう!
そして部屋中に満ち溢れる熱気!
#単に部屋が暑いだけかもしれませんが・・・

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この祈祷会のリードはダルシー牧師。
週替りで交代するそうです。彼はとてもアイデアが豊富な人のようです。
この日も,年齢に「3」のつく数字の人に立ってもらい,
感謝なことや簡単な証をその場で話してもらうということをしていました。
そんななごやかなムードの中,賛美と祈りがささげられます。

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でました!マンダウェ名物,黒板一杯の祈祷課題!!
この祈祷課題を,それぞれの場で心をあわせてどんどん祈ります。
まるで祈りの波が押し寄せてくるようです。

時に立って,時に座って。
マンダウェ教会が新しく取得した土地のためにも祈ります。

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これはその土地の方に手をあげて祈っているところです。
また最後には,こどもたちと日本からのゲストを前に招いて,心を込めて祈ってくれました。
神にあって私たちはファミリーであることを体感する時でした。

それぞれボホールでの旅の疲れを感じていましたが,この祈祷会に出席し,
その疲れが心地よいものへと変わるのを実感していました。
私たちはミッションホームへ着くと,今度はすぐに深い眠りの波に飲み込まれたのでした。

投稿者 mb-church : 09:22 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月20日

Good bye Bohol!!

昼食の後は,巨大ニシキヘビを見学。

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なぜヘビを見に?

特に深い理由は・・・ありません。
名物だからだそうです。
ニシキヘビ(アナコンダ)を捕獲し,育てているこのヘビセンター(といっても私設ヘビ小屋)の女性が,
マシンガンのようにヘビの自慢話をしていました。
それにしても大きい!
ブタを丸ごと食べてしまうそうです。
こんなヘビまでいるとは,ボホール恐るべし。

そんなこんなで,エキサイティングなボホール訪問は終わりを迎えようとしています。
来たときと同じオーシャンジェットの待つ港へ。

心から歓迎をしてくださったボホールの牧師,信徒の皆さん,そして特にアーノルドさん。本当に感謝です。
また,とても美しい島でした。自然もそしてそこに住む人々も。

再び会えることを互いに願いつつハグをする一同。
「次に会えるのは天国かな?」という言葉が,本当に私たちの共通の希望であることに心から感謝しました。
また会える時を心から願いつつ。
そしてボホールの教会が,神様の完全な守りの中で前進することを祈りつつ。
Good bye Bohol!!

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2005年09月17日

2005/9/18礼拝メッセージ

2005年9月18日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「ひとりひとりへ」
ペテロの手紙第一5:1~5より

1. 長老とはいったい誰か?
 長老とは,年齢的なことでしょうか。それとも群れのリーダーということでしょうか。ここでは,そのどちらも当てはまるのではないでしょうか。この手紙では,その中でも特にキリストの苦難の生き証人たちを指していることでしょう。それはまた先に福音を知ったものたちのことでもあります。

2. 長老たちへの勧め
 長老たちにペテロは「神の羊を飼いなさい」と勧めています。それは,強制されたものでもなく,ましてや名誉のためでもありません。それは,キリストの心,神の熱意によって動かされて,なされる自発的なものです。相手を支配するのではなく,群れの模範になることが勧められています。そして模範の中の模範こそ,苦難を通られたキリストご自身の姿なのです。模範となるということは,そこにキリストにある真実さを映し出すことであり,言葉だけのものではありません。

3. 若い人たちへ
 同様に若い人々への勧告も記されています。長老以外の人々に対して,ペテロは長老たちに従うようにと勧めています。その勧告の中心にあるのは「神にある謙遜さ」です。そしてこの謙遜さもまた,キリストの姿に見られるものなのです(ピリピ2:6~8)。十字架の死にまでも従ったキリストの低さを覚えるときに,私たちは表面的な偉さや権威を求めるのではなく,相手に仕えることが最も大切なことであることを思い返すことができます。今一度,私たちはキリストの証人として,キリストの姿をしっかりと焼き付けさせていただきましょう。

[考えるために]
 私たちの目には,はっきりと十字架上のキリストの姿が映っているでしょうか。

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2005年09月16日

ジャングルクルーズ

教会訪問を終え,私たちはボホール最後の食事をしにとある所へと向かいました。
それはアーノルドさんのお父さんのお店です。

そこは川沿いにあるレストラン。
まず私たちは,ボホールのマスコットでもあるポケットモンキーを見せてもらいました。

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かわいいでしょ。手のひらサイズです。
ちょっとした植木に数匹しがみついていました。
思わず持って帰りたくなる愛らしさ。
#一匹一匹表情が違うのです。

そしていよいよお父さんのお店へ。
川の上に浮いている大きな屋根つきの「いかだ」のようなところに私たちは案内されました。
そこにはすでに美味しそうなバイキング料理の数々が。

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いっただっきま~す!
早速いただきました。数々のお料理。

おいしい,おいしいとしばらく食べていると,何やら店員が動き始めました。
えっ!何?
そうなのです。このお店,実は動くいかだレストランだったのです!
船のエンジンがかかり,船は川をくだりはじめました。
私たちの席のすぐ傍では,ギターを抱えたながしの歌い手さんが,次々に歌を歌い上げていきます。
船から眺める景色はまさに「ジャングルクルーズ」!

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こんな経験ができるミッションツアーって他にはないですよね。
川の風を受けながら,ボホールでの様々な出会いと経験に感謝をする私たちなのでした。

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2005年09月14日

ブタの貯金箱

ボホール最終日の続きです。
私たちは,この日二つ目の教会へと足を運びました。
この教会は・・・

私たちが訪れた教会の中では,割とスタンダードな(何がスタンダードか分かりませんが)教会でした。
とても落ち着いた会堂で,私たちは数人の牧師と会うことができました。

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この教会堂の裏で,私たちはあるものと出会うことができました。
それは,このブタさんです。

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実はこのブタ,この教会の財産の一つです。
でも,このブタさんを売って,お金にするわけではありません。
そうではなく,このブタさんが生むであろう子ブタちゃんを売って,教会の資金にするそうです。
まさにブタの貯金箱!

ということで,I牧師がこのブタのためにお祈りしています。

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というのは冗談で,ブタに空手で挑んでいるところです。これも冗談みたいです。

ボホールで訪問した教会は,どれも豊かではありませんでしたが,
しかし,そこで労している人々は,とても生き生きと働いていました。
そして,日本から突然やってきた私たちを,とても温かく,そして喜んで迎えてくれました。
心から,この島の教会に主の祝福があることをお祈りしています。

いっぱい子ブタが生まれるといいな~

投稿者 mb-church : 14:20 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月10日

2005/9/11礼拝メッセージ

2005年9月11日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「キリスト者の苦しみ」
ペテロの手紙第一4:12~19より

1. 火のような試練
 この手紙のテーマは「苦難」。キリストを信じてもなお苦しみを受け,なぜ?と問わずにはいられない出来事がおきます。それは,まるで火のような試練。このような苦難は,まさに私たちの信仰に対する「試み」であると述べられています。なぜならば,私たちの真実は「すべてが自分の思い通りになる時,私たちは再び神を見失う」という現実だからです。

2. 喜びなさい
 さらに,ここには「喜んでいなさい」と記されています。この言葉は,試練を積極的にとらえている表れです。しかし,これは「苦難そのものを」喜ぶというよりも,神が苦難を通して,私たちに関わってくださるといういことへの積極的な姿です。悪いことをするならば,その報いは必ず来ます。最後には,神が公正にすべてを裁かれます。私たちは悪いことへと向かうために創造されたのではなく,神に向かって生きるようにと創造されたのです。

3. キリストの苦しみへの連帯
 苦しみを受けるそのときに,私たちはキリストの苦難へと思いが向けられます。私たちはキリストを通して苦しみの意味を知ります。その苦しみは,人の罪ゆえであるということ。そして,またキリストもその苦しみをともに担ってくださったということ。さらに私たちもまた,キリストの苦しみをともにしているのだということです。キリスト者の幸いの一つは,苦難を生涯の中でしっかりと受け止めることができることです。

4. 苦しみとともに
 18節は箴言11:31の引用です。この引用から理解できることは,神に従うものたちは,苦しみとともに救われるのだということです。神は苦難の中にいる私たちを力強い御手をもって,必ず救い出してくださいます。この苦しみは永遠ではありません。一人一人の苦しみを神は覚えており,やがては神の栄光と誉れへとかえられます。今,私たちが苦しむときに,そこに苦難をともにしてくださるイエス・キリストがおられる幸いをもう一度覚えさせていただきたいのです。

[考えるために]
 なぜ苦しむものは幸いなのでしょうか。あなたは神の約束をつかんでいるでしょうか。

投稿者 mb-church : 17:58 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月09日

先は見えなくても

ボホール3日目。
今日はセブへと帰る日です。
私たちは朝食にあのJollibeeに行きました。

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Jolibeeは,フィリピンNo1のハンバーガーショップです。
フィリピンに来たからには一度は入りたいと思っていたJolibbe。
フィリピンのこどもたちの心をくすぐる雰囲気でいっぱいです。
フィリピンのこどもたちは,ここで誕生日を過ごすのが夢。
ちょっと甘い味付けのハンバーガーを食し,大満足。

今日の予定は,午前中にあと2つの教会を訪問し,
その後,私たちを案内してくれているアーノルドさんのお父さんが経営しているレストランで昼食。
そして,セブへ・・・。
教会訪問へ行く前に,Jolibeeの横にあるアーノルドさんの経営するベーカリーでおやつを購入。

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アーノルドさんは,ボホール内に15のショップを持つ社長さんです。
もとはエンジニアですが,クリスチャンとしての生活と仕事を両立するために,起業をしたそうです。
一つの店舗を増やすたびに,そこの売り上げの一部を牧師を支えるために献金をしているそうです。
千葉にも出店してほしいところです・・・
そして,この店の名前は,彼の奥様のお名前。いいですね~なんか。

アーノルドさんのお店を後にした私たちは,一つ目の教会へ。
これがその会堂!

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おっと庭!しかも洗濯物までかかってる!!
そう,ここがこの教会の会堂。
家の教会というより,庭の教会。
いろいろな教会があるものです。
なんだか楽しい気分にさせてもらいました。
そしてこの若者がここの牧師です。

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年齢は26才。またまた楽しくなってきました。
その隣にいる女性は,彼のお母さんです。
そして,この教会で私たちが受けた衝撃はこれです。

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実はこれ,彼らの新しい新会堂(建設中)です。
まだまだ資金は足りません。
しかし,神様に期待して,土地だけ勢い(信仰)で買ったのだそうです。
とりあえず骨組みらしきものは組んではいるけれど,
「先の計画はまったくわからない」との答え。
でも,なんだか楽しそうな表情・・・
いいな~,先が見えないって。
いえいえ,決してそんなことは言ってはいけないのかもしれません。
でも,なんだか神様に期待している彼の表情を見ると,こちらもそんな気になってくるのです。
この骨組みの先に,新しい教会の未来が建てあげられていくのです。

投稿者 mb-church : 22:51 | コメント (1)

2005年09月07日

ボホール三昧!

山の教会巡りを終え,帰路につくパジェロと乗員9名。
車の中は相変わらず揺れていましたが,口数はすっかり少なくなりました。

それぞれの教会に滞在した時間は,そんなに長くはなかったのですが,
この山道。乗っているだけで,かなりの体力を消耗していたようです。
無口になった理由は,みな目を閉じ,睡眠に入っていたからでした。
これで,今日は終わりか・・・と思いきや,
日本人牧師2人の「海へ行きたい!」という願い(わがまま?)を聞いてくださり,
ボホールのプライベートビーチへと私たちを案内してくださいました!!
これがそのビーチ。

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残念ながら曇り空。でも海は青かった!
他のメンバーは木陰で休む中,牧師2人は喜び勇んで水着着用,そしていざ海へ!

どこまでいっても遠浅なビーチで,のんびりと泳ぎを楽しみました。
これで晴れていたら最高でした・・・が,十分楽しんでしまいました。

ひと泳ぎした後は,海の幸のバーベキュー。
なんていいとこなんでしょう。ボホール!
一日で山から海を走破し,山の幸と海の幸をごちそうになり,すっかりボホールを満喫してしましました。
ドライブの疲れもどこへやら。
そして日も暮れ,お腹も満腹になった頃,何と日比の牧師の友好の舞いが披露されたのです。

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これは,ボホールの伝統的な踊りだそうです。
そのお礼に,I牧師は日本の伝統的な格闘技を披露!

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言葉を超えた二人のパフォーマンスに,一同大爆笑!
笑いに笑いながら,ボホール2日目の夜は過ぎて行くのでした。

投稿者 mb-church : 21:01 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月03日

2005/9/4礼拝メッセージ

2005年9月4日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「互いに,互いに,互いに」
ペテロの手紙第一4:7~11より

1. 万物の終わり
 イエス・キリストから約2000年の間,万物の終わりはまだ来ていません。しかし,教会はいつの時代も絶えず「万物の終わり」を意識して歩んできました。始まりがあり,終わりがある。これは聖書が語る世界の姿です。やがて目に見えるものには終わりが来るのです。

2. 祈りのために
 ペテロは終わりが来るからこそ,祈りのために心を整え,身を慎みなさいと,命じています。私たちは,目に見えるものにではなく,神のご計画,みおもいへと目を向けるために,祈りなさいと勧められています。私たちは,目に見える周囲の状況や人に流されてしまうものです。神とともに歩むとは,どのような時であっても,神がおられることを認め,キリストの赦しのうちに歩むことです。

3. 互いに
 神へと目を向ける中で,私たちが導かれるのは,互いに愛しあうということです。私たちはそのままでは,罪の連鎖を引き起こしてしまう存在です。しかし,互いに愛しあうことによって,その連鎖を断ち切ることができます。また愛しあうということは,互いに受け入れるということです。相手の存在を受け入れ,犠牲を払う。それは決して自己満足のためではなく,キリストに赦された者としての愛ゆえなのです。

4. 神の栄光のために
 これらのことをなしうるのは,すべて神が与えてくださった賜物,力によるものです。私たちの力ではありません。もし,私たちの力でなしうるのならば,私たちは再び自分の栄光,自己満足のために生きる道へと逆戻りすることでしょう。私たちは神から多くのものを与えられた管理者です。ですから,私たちは与えた下さった神の栄光のために愛に生かされ,愛に生きていくのです。

[考えるために]
 私たちは今どのような時代に生きているのでしょうか。私たちは何のために生きているのでしょうか。

投稿者 mb-church : 18:04 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月02日

壁がない!

山奥の教会を後にした私たちは,それからまたパジェロに乗り込み,ガタガタと道を進んでいくのでした。
そして着いたところは・・・

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どうですか?この教会。
けっして建造中ではありません。
よく見ると壁がありません。
それもそのはず,この教会は,ボホール地区の教会の人々の手で建てた教会なのです。
壁がないおかげで,かえってすずしく過ごすことができました。
ここでもきました。大歓迎!

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手作りバナナチップは揚げたてです。加えて濃厚なココナッツジュース!
おいしくいただきました。
この教会のまわりは,ジャングルではなく,のどかな田園風景が広がるところでした。
そう,こんなふうに。

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なんにもありません。いるのは水牛ぐらいでしょうか。
しかし,ここでも教会は力強く建てあげられているのです!

この教会を後にして,向かった先は・・・別の教会!

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さらに壁がありません!!
というか,屋根と柱だけ。
そしてここでも,私たちの前にはココナッツジュースが・・・
すでにお腹はたっぷんたっぷん。しかもこの濃い味が・・・
しかし,出されたものは感謝していただかなくてはなりません。
感謝して・・・い た だ き ま し た。

本当にボホールでは,どこに行っても大歓迎でした。
私たちはキリストにあってどこにいてもすぐに分かち合える友であることを実感。
そしてどの教会でもともに祈るときが与えられました。
言葉は通じなくても,キリストにあって祈りあえるこの特権。
ガタガタと狭い車内で頭をぶつけながらここまで来た甲斐がありました。
美味しいもてなしにも感謝です。

投稿者 mb-church : 21:50 | コメント (1)

2005年09月01日

チョコレートヒルを越えて

更新がしばらく滞ってしまいました。
すみません。夏期休暇中でした。
ネット環境のない所にいたのです。
9月に入りましたが,もうしばらくフィリピンツアーのことを書き残しておきましょう。

大歓迎の夜は過ぎ,ボホール2日目となりました。
この日は朝からお出かけです。
私たちを迎えてくださった信徒代表のAさんの愛車パジェロに乗り込み,いざ出陣!

・・・このパジェロ,総勢9名でのりました。
さすがフィリピンです。前席2名,2列目3名,そしてその後ろに何と4名の人が乗車しました。
後ろの4名はかなり悲惨な状況です。
短い距離ならいいのですが,長い距離となると・・・
頭はぶつけるは,身動きはとれないはで,かなり過酷なドライブとなりました。

車にゆられること数時間。
到着しました。ボホール名物チョコレートヒル。

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ここは,無数の丘が点在するボホールの観光名所です。
その丘の姿がまるでチョコレートよう・・・ということらしいのですが,
現在の姿はまるで無数の古墳。しばし,神様のなさったユニークな造形美を堪能しました。

しかし,これはこの後の序奏にすぎませんでした。
さらに車にゆられること1時間。私たちはようやく到着したのです。
山奥の教会に!

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それはもう本当に山の奥でした。
ヤシの木が茂る森のなか(森というかジャングルというか・・・)。
その教会の人々は,私たちを温かく迎えてくださったのです。

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私たちはしばし,南国の味覚を堪能しつくしました。
ところが,そこにいた教会の人たちは食べようとしません。
私たちを遠巻きに見ているだけです。
一緒に食べたらいいのに?なぜ??

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それは,この地の人々の礼儀だったのです。
というのも,彼らはゲストが食べ終わってから,自分たちが食べるのだそうです。何と奥ゆかしい。
なんだか申し訳ないような気がしてしましました。


そして,この教会の周りには,こんなきれいな滝もありました。

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思わず牧師二人で仲良くパチリ!とっても楽しそうな二人です。
 
 
 
 
この教会の姿は,私たちの心に深い印象を与えました。
私たちの基準で言えば何もない,人もいない,そんな場所で,忠実に歩んでいる教会が確かにある。
そこに同じ神を信じる人々が集っている。
聞いてはいたことでしたが,実際に見て,話を交わし,そして共に祈るという経験は,
私たちに静かな,そして力強い感動をもたらしたのでした。

しかし,ボホール教会訪問の旅はまだまだ続くのです。

投稿者 mb-church : 09:14