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2005年08月13日

2005/8/7礼拝メッセージ

2005年8月7日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「復活による希望」
ペテロの手紙第一3:18~22より

1. 罪のために死なれたイエス
 キリストはただ一度だけ死なれました。その理由は「罪のため」です。これは教会の最も大事な事柄です。私たちは「罪」ということの重大さをまず理解しなくてはなりません。神の前にあなたは正しいのか?この罪ゆえに,私たちは大きな苦しみを負ってしまいました。死で終わるいのち,他人を傷つけずにはいられない存在である自分,社会。私たちはどうすればいいのか。キリストは,私のために十字架にかかり,身代わりとなりました。それは私たちが神のもとに行くためです。神から離れてしまった私たちが,神のものとなるために,キリストは十字架にかかられたのです。聖書の語る救いとは何でしょうか?

2. 「捕らわれの霊」
 この箇所には,当時の人々であれば,一読してすぐに分かることが書いてあったようです。当時のユダヤ人たちの記した書物に,エノク書があります。その中に,世界の終わりのこと,終末が記されています。そこに「捕らわれの霊」が出てきます。それは,神に敵対する存在,手紙の中にも出てくるクリスチャンと敵対する者達と同じような存在として,考えることができる存在です。エノク書では,終わりの日に,全ての神に敵対する者達が,大水によって一掃されることが記されています。つまり,救いとは,神の大きな怒りによって,敵対する者達が滅びることが教えられていたのです。

3. 真の救いとは
 ペテロが言おうとしたことはエノク書とは異なります。私たちの救いとは,敵対するものたちが,今,目の前から消え去ることではなく,十字架による贖いと復活による勝利である,とペテロはここで主張しています。キリストを信じるとは,単なる肉体の汚れを取り,目に見える形でご利益があるようなものではなく,私たちがキリストと同様のものとなるという希望そのものです。私たちの罪深いこの体が,最後には,キリストと同様に,神のみもとに導かれ,そしてそこで真の勝利を得るということを,ペテロはここで私たちに教えようとしています。真の救いは,罪の贖いを成し遂げられたイエス・キリストにあり,そして希望は復活にあるのだ,と聖書は私たちに語りかけているのです。

[考えるために]
 私たちの救いとは何でしょうか?そこにある希望とは何でしょうか?

投稿者 mb-church : 2005年08月13日 16:54

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