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2005年08月13日
2005/8/14礼拝メッセージ
2005年8月14日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「今を生きるすすめ」
ペテロの手紙第一3:18~22より
1. 捕らわれの霊とは?
この箇所は,キリストの死者への宣教の根拠とされている箇所です。なぜ,このような解釈が提唱されたのでしょうか。これは私たちが素朴に持つ疑問から生じてきたものです。福音を聞くチャンスがなかった人々の救いはどうなるのか?そこからこの考えが生まれたのです。しかし,「捕らわれ霊」は死後の人間を指しているわけではありません。そうなると,先ほどの問いはどうなるのでしょうか。これは容易な問いではありません。なぜなら聖書に明確な答えが書かれていないからです。しかし,幾つかの明らかなこともあります。一つは,人類の全てが神の怒りのもとにあるということです。全ての人が罪を犯した,と聖書は語ります。ここには一切の妥協も,見逃しもないのです。
2. 誰の責任?
神は聖であり,罪を見逃しにはならない。これは,聖書の原則です。しかし,福音を聞くチャンスがなかったのは,その人の責任ではないのでは?おそらくこれも正しい見方でしょう。しかし,この逆もまた然りです。福音を聞き,信じたということ。これもまた私たちの力で到達したことではありません。ここで,一つ明らかなことがあります。私たちは神ではなく,裁き主ではない,ということです。私たちには,人を裁く力も,権利も,いのちを救う力もないのです。そして,死後のこと,これも私たちが背負うことのできる問題ではないのです。
3. 今,生きている神
聖書は死後の世界についてあまり詳しく触れていません。当時の聖書以外の書物には,死後の世界について多く書き記されています。しかし,聖書は,あえてその問題を取り上げようとはしていません。それは聖書が「生ける神」を私たちに提示し,「あなたは今どう生きるか?」を問いかけているからです。福音を聞かずに死んだ者がどうなるのか?これは,私たちの側の問題ではありません。これは神の側の問題です。神は,私たち以上に,正しい見方をなさる方です。そして何よりも,神は福音を聞き,今,生きている者に対して語っています。私たちはあの人はどうか,この人はどうか,と問いがちです。しかし,神はこのように私たちに語ります。今,このことを知ったあなたはどう生きるのか?今,このことを知らない人々に,どのようにあなたは語るのか?神が与えてくださった恵みに,私たちはどう応えて生きるのでしょうか。
[考えるために]
福音はあなたに「今どのように生きるべきか」問いかけています。
投稿者 mb-church : 2005年08月13日 16:59
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