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2005年08月29日

2005/8/28礼拝メッセージ

2005年8月28日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「もう十分です」
ペテロの手紙第一4:1~6より

1. 周囲との摩擦
 私たちがキリストの福音に生きるときに,どうしても周囲との摩擦は避けられないものです。それは,周囲とだけではなく,私たちの内側においても,古い価値観に縛られるという現実があります。しかし,聖書は私たちが世捨て人のように生きることを勧めてはいません。私たちはこの世界に生きるように導かれているのも事実なのです。

2. キリストと同じ心構え
 この世を生きるときに,私たちにとって肝心なことは,「キリストと同じ心構えで自分自身を武装する」ことです。これが私たちに求められている姿勢です。私たちの心構えの秘訣は,「もはや人間の欲望のためではなく,神のみこころのために過ごす」ということにあります。しかし,これは,「できるか」「できないか」という問題ではありません。神は,人間が,この世界を喜び,そして受け取ることを否定してはいません。いや,むしろ感謝して受け取るように,と神様は言うことでしょう。では,どういうことでしょうか。それは,欲望の自動機械に飲み込まれるな,ということです。つまり,私たちの内にある自分中心,自己満足,「もっと,もっと」という思いを自動的に生み出すシステムに陥らないようにということ。そして,それ以上に自分以外のことに無関心でいること,これらのことこそ本来の私たちの姿を見失わせるものなのです。

3. 「もう十分です」
 私たちはそのシステムを破壊しなくてはなりません。その自動機械の支配から,神の支配へと,私たちはシフトしなくてはならないのです。クリスチャンとして生きることの意味はここにあります。私たちはどこかで「それは過ぎ去った時で,もう十分です」と決断しなくてはなりません。私たちの心構えが,罪に支配された自分自身にあるのか,それとも神に祈り,聞き従うという心構えへと移り変わっているのか,ということこそが問題なのです。

[考えるために]
 私たちもこう告白させていただきましょう。「それは過ぎ去った時で,もう十分です」と。

投稿者 mb-church : 2005年08月29日 20:07

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