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2005年07月16日
2005/7/17礼拝メッセージ
2005年7月17日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「たとい苦しみの中にあっても」
ペテロの手紙第一3:13~17より
1. 苦難の手紙
Ⅰペテロには,教会の周囲に起こる不穏な動き,苦難の前触れ・・・不安な中に置かれているクリスチャンたちへの確かな希望の再確認やエール,そのような要素がふんだんに盛り込まれています。なぜ,キリストに忠実に従っていても,このような苦難を通らなければなならいのでしょうか。
2. 終末にたって
この手紙には終末的な視点があります。世の終わり,と言うと何か物騒な気がしますが,聖書において終末とは,神の国の完成,救いの完成の時をさしています。キリストに従ってもなお苦難の中にある教会に対して,ペテロは終末を見据えて励ましているのです。
3. 苦しみは幸い?
「義のために苦しむことがあるにしても,それは幸いです」と語られています。キリストも同様の言葉を山上の説教において語りました。なぜ幸いだと言えるのでしょうか。ペテロは試練を通して,私たちの信仰が練られ,そして救いの完成の時に,賞賛と光栄と栄誉へと至ることを,この手紙で明らかにしています(1:6~7)。しかし,現実だけを見てしまうと,そのように思えないことが多々あるのではないでしょうか。
4. 二つの勧め
ここで二つのことが勧められています。一つ目は「人や状況を恐れない」ということです。私たちは困難な状況に遭遇するときに,何を恐れるのでしょうか?人や状況の困難さでしょうか?私たちが唯一恐れなくてはならないのは,真の神です。それを見失ってしまうときに,私たちは現実にのみ囚われてしまうことでしょう。二つ目は「心の中でキリストを主としてあがめる」ということです。心の中でとは,心から,心の底からキリストを主としてあがめることです。キリストは,私たちの欠け,苦しみ,苦難を通して,ご自身を現してくださいます。そして,私たちもまたキリストと同じ歩みへと導かれることこそ,私たちの希望です。このことを通して,神は私たちを決して希望を失うことのない歩みへと導かれるのです。
[考えるために]
イエス・キリストによってあなたに与えられた希望とは何でしょうか?
投稿者 mb-church : 2005年07月16日 18:36
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