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2005年06月26日
2005/6/26礼拝メッセージ
2005年6月26日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「礼拝のある生活」
詩篇100篇より
1. 礼拝と私たち
私たちの教会では5月からこどもからおとなまでともに礼拝をささげています。礼拝は全ての人にとっていつの時代もとても大切なこととして位置づけられてきました。礼拝は教会になくてはならないものです。そしてそれは,神を信じる者たちの第一の特徴でもあるのです。しかし,それは神が礼拝されることを必要としているからではありません。そうではなく,私たちこそが,神さまを礼拝することを必要としているのです。
2. 礼拝の本質
詩篇100篇は4つの詩から構成されています。その最初のパートには礼拝の本質が示されています。その礼拝を特徴づけているものは「喜び」です。喜びを携えて,私たちは神に叫び,平伏し,神の前へと進み出ます。私たちは礼拝にどのような思いで,どのような姿で臨んでいるでしょうか。
3. 喜びの源
喜びの源は何でしょうか。それは,主こそ神なのだということ。そして,神は私たちを創造されたお方であるということ。さらに,私たちは神のものであり,神が養い,守り,導いてくださるのだということ。これこそ何にもかえがたい私たちの喜びの源となります。そして,互いの存在もまた,ともに神に慶びをささげるためにあるということを忘れてはなりません。「来たれ」や「入れ」という言葉に表されているように,神はさらに私たちを身元へと招き入れてくださっています。神との親しい交わりが,私たちに,生き生きとしたいのちを与えるのです。
4. 神はよい!
礼拝を通して私たちが知るのは,「主はよい」ということです。様々な形容詞は必要ありません。私たちはシンプルに「主はよい」と告白することができます。神のあわれみ,神の限りない愛,そして真実。そのどれをとっても「主はよい」ということへと帰着します。土曜日の夜,皆さんはどのように過ごしているでしょうか。明日は教会に行く日であるという前に,明日はともに神を礼拝する喜びの日である,そのように覚えているでしょうか。私たちは礼拝を通して,ますます神様のすばらしさを賛美するものとさせていただきましょう。
[考えるために]
あなたは礼拝に何をたずさえて集っているでしょうか。
投稿者 mb-church : 00:12 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月24日
印刷機
今週もなんだか暇のないスケジュールです。
このページの更新も滞っています・・・が,
新しい印刷機が教会にやってきました。
新しいといっても中古品。
中古品といっても・・・
まだ,カウンタが500枚以下のなかなかの出物。
しかし,しかし,大きな問題が発生!
わくわくしながら,テストがてらに印刷をしたところ,なんだか印字が薄い。
うっ薄すぎる。
おかしい・・・これでは使い物にならない・・・
一番濃い設定にしても,薄い。それにしても薄い。
薄いカルピスを飲んだときのように薄い(感じ)。
これは読めない。
せっかくの最新マシーンなのに!なぜ!!
印刷機のカバーをあけて判明しました。
なんとドラムのカラーが「ライトグレー」ではありませんくわっ
グレーでも薄いだろうに,そこにライトがついている・・・
薄いはずです。
それからが大変。
あせりました。
何せ,デジタル印刷機はドラムが命。
ドラム交換をしたらかなりの金額ですし,
せっかく安く中古品を買った意味がありません。
商品をチェックした資料を読みかえしてもライトグレーのドラムだという表示はなし。
これは,相手先のミスです。
ドラムがライトグレーなら購入の決断はしていなかったでしょう。
ということで,慌てて購入先に連絡をいれ,対応をしていただきました。
でも,すぐに黒のドラムが届くというわけではなく,
現状のドラムをメーカーの方でインクを抜き,黒ドラムに変換するそうです。
そんな手があったんですね。
ということで,来週の週報が大ピンチとなりました。
前の印刷機は,すでに引き取っていただいたので,黒の印刷機がないのです・・・
あるのは最新のライトグレーの印刷機のみ。
さて今週の週報はいったいどうなるのでしょうか?
投稿者 mb-church : 20:55 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月18日
今週のまとめ
今週の前半にはいろいろありました。
日曜日には,佐々木師を迎えての研修会。
月曜日には,地区の牧師会。
火曜日には,リードチームの会合。
水曜日には・・・
水曜日には,教会の集会と夜には千葉東高校マンドリン部演奏会!とその後,お祈り会。
特にこのマンドリン部のコンサートが楽しかった!
教会の高校生が出演しているので,見に行ったわけですが,とてもすばらしい演奏でした。
プログラムも工夫されており,何と4部構成!
普段の教会ではみられない(!)真剣な表情が,とてもすてきでした。
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演奏の合間に劇やダンスも入り,とても楽しい構成です。
やるな~高校生!
残念ながら夜のお祈り会があったので,途中で抜けなくてはなりませんでした。
ぜひ教会でもこのパワーを炸裂させてくださいね。
そうそう,佐々木師による研修会もとてもよかったです。
皆さんのやる気に火をつけてくださいました。
「今よりよっとがんばろう!」が合言葉になってましたよ。
本当にありがとうございました。
明日の礼拝に期待し,また祝福をお祈りしています。
投稿者 mb-church : 17:44 | コメント (0) | トラックバック
2005/6/19礼拝メッセージ
2005年6月19日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「ひつじと牧者」
ペテロの手紙第一2:21~25より
1. キリストの姿
「キリストは罪を犯したことがなく,その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても,ののしりかえさず,正しく裁かれる方にお任せになりました。」この短い一文に,キリストの歩みの濃縮されたエッセンスを私たちは見出します。この「キリスト」というところに,私たちの名前を入れることができるでしょうか。もしかしたら,恥ずかしくていうことができないかもしれません。
2. イザヤ書53章
この箇所の土台になっているのはイザヤ書53章です。キリストの姿をペテロは間近で見ました。十字架上への歩み,受難,それこそイザヤ書に描かれたメシアの姿でした。イエスが成し遂げようとしておられたのは,国の復興ではなく,私たちの罪を担い,贖うためであったのです。
3. 羊のように
私たちは神の作品としてのすばらしさの裏に,自分勝手に生きようとする罪があることを認めざるをえません。聖書はそのような私たちをさまよえる羊だと指摘しています。私たちのいのちは,その罪ゆえに損なわれてしまったのです。
4. キリストが十字架で死なれたゆえに
しかし,キリストが十字架で私たちを贖ってくださったゆえに,私たちはその罪に死に,義に生きることができます。私たちは罪に定められないだけでなく,義に向かって,神に向かって,生きる道が開かれました。私たちの真の出発点はここにあるのです。自らさまよう羊となった私たちは,キリストの十字架の死によって,真の牧者であり,監督者である神のもとに帰るのです。私たちはなおも羊です。しかし,さまよえる羊,孤独な羊ではありません。十字架の主に信頼して歩んでまいりましょう。
[考えるために]
あなたは,さまよえる羊であることを認めることができますか?
私たちの牧者であり,監督者である方は,誰でしょうか?
投稿者 mb-church : 17:41 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月15日
リードチーム
昨日は,教会でバプテスト教会連合のリードチームの会合がありました。
リードチームとは・・・
リードチームとは,
Learn
Encourage
Achieve
Dream
の頭文字をとったもので,
5名の牧師とコーチ役の主事と宣教師の計7名のチームです。
コーチングの学びあり,楽しい交わりありと,半日ではありましたが,有意義な時となりました。
午前中は,宣教師による聖書の分かち合い。
聖書の語る「成功」について学ぶことができました。
聖書の語る「成功」は,神に忠実であること,ということ。
うん,わすれてはなりませぬ。
そしてあっという間にお昼。
今回は,ぼくがコーディネーターということで,
お昼のブッキングと周辺の案内をしました。
お昼は,中華ランチ!
個室のような場所で楽しくいただきました。
何よりお値段が手ごろ。満足!!
そして食後はやっぱり海岸へ。
ぼくの第二牧師室(第一かも・・・)です。
広いでしょ。
やどかり,カニ,そして大量のフナムシとしばし歓談。
少年に戻る牧師たち・・・
その後,教会に戻り,コーチングの学びとロールプレイをしました。
それぞれの課題,問題,そして選択と決断を分かちあい会合は終了となりました。
次回は8月。今年の夏は熱くなるのでしょうか?
今度の食事はなんだろうな?
場所は新座を予定しています。
ひかやん,よろしく!
投稿者 mb-church : 12:12 | コメント (2) | トラックバック
2005年06月11日
明日12日の礼拝
明日の礼拝はゲストがいらっしゃいます。
守谷バプテスト教会から佐々木望師を迎えての礼拝です。
また,午後には役員・信徒研修会として「教会・役員・奉仕」をテーマに,学び会を開催します。
昼食もご用意していますので,ぜひぜひご参加ください。
礼拝は午前10時からです。
神への礼拝が,私たちに喜びと平安,そして何よりも生きるちからを与えてくれることでしょう。
明日の祝福をお祈りしています。
投稿者 mb-church : 16:18 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月07日
BBQ大会!
またまた一週遅れのご報告となりましたが,5/29に開催されたBBQ大会の様子をお伝えします。
当初はBBQパーティーという名前でしたが・・・
やっぱりBBQ大会の方がしっくりくる,そんな大盛り上がりの一日でした。
場所は習志野の香澄公園。
じゃぶじゃぶ池あり,広い広場あり(ただし長細い)の一日楽しめる公園です。
ともに礼拝を教会でささげた後,いそいそと総勢約50名(!)の老若男女が集いました。
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焼いてます。焼きまくってます。そして食べます。食べまくってます。
いや~沢山買いすぎた!教会の近くにコス○コがあるのでつい・・・
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日陰で涼しく,食休み&歓談中。コーヒーサービスをしてくださった方もいました。
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食事の後は,思い思いの日曜日の午後を過ごしました。ザリガニ釣りもしました。釣果は3匹!
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最後に,前の週にバプテスマを受けられたTさんへのおめでとう&これからよろしく!の時と,
そしてわが家のちびっこの誕生日を大合唱でお祝いしていただきました。
以上,何人かのゲストも来てくださった楽しい「BBQ大会」の模様でした。
第2回目はいつ?という問い合わせもあるとかないとか・・・
投稿者 mb-church : 12:25 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月04日
2005/6/5礼拝メッセージ
2005年6月5日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「実にそのためです!」
ペテロの手紙第一2:18~25より
1. しもべたち
ここで主人から不当な苦しみを受けている奴隷へと話しが展開していきます。奴隷と主人の関係は,私たちの社会では既に見られない制度ですが,このような社会的な状況は,私たちの周囲にも当てはまることが多くあります。
2. 不当な扱い
正当な扱いを受けないということは,私たちの実際の日常においても,また,歴史の中でも数多く起きています。しかし,ここでペテロはそのことを「実にそのためです」と書き記しています。つまり,私たちは「不当な苦しみをうけ,耐えるためにこそ」召されていると言うのです。
3. 逆転の力
なぜこのように言い切れるのでしょうか。不当な苦しみがキリストにあって変えられる―ここにこそ私たちは,キリストの十字架のすばらしい逆転の力を見出すことができます。キリストの受難は,不当な苦しみの極地にあります。しかし,この不当の苦しみを神が私たちのために受けてくださったがゆえに,私たちは,そこに希望の光を見出すことができるのです。その苦しみが,この私のためであったと知るならば,私たちは苦しみのその先へと足を踏み出すことができるでしょう。
4. 二つの事実
私たちが不当な苦しみを「実にこのことです」と受け止めるときに,二つの事実が私たちに示されます。まず一つは,神がそれを喜ばれるという事実です。二つ目は,私が受けている苦しみを通して,キリストご自身の姿が現されるという事実です。私のすばらしさではなく,私の苦しみを通してキリストの姿が指し示されていくのです。
[考えるために]
「あなたがたが召されたのは,実にそのためです」ということばを,どのように受けとめますか?