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2005年05月07日

2005/5/8礼拝メッセージ

2005年5月8日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「我は永遠のいのちを信ず-使徒信条10-」
ヨハネの福音書3:16~17,17:3より

1. 永遠のいのち
 永遠のいのちとは,ただ長い間生きるという無味乾燥な意味ではありません。「いのち」と聞くと,そこに神秘的な何かを私たちは感じ取ります。ヨハネ17:3には,永遠のいのち=神を知ることであるとあります。それは,「永遠のいのち」という言葉で表されているものが,生き生きとした神との関係を物語っているものだからです。

2. 神との関係
 永遠のいのちから,まず第一番目に教えられることは,神との関係がそこに息づいているということです。私たちは,単なる土くれに過ぎない存在ですが,そこに神が息吹を吹きかけられいのちの鼓動が始まりました。神の息吹が息づく命,それが人間です。そのいのちが,イエス・キリストによって,死ではなく,永遠へと向かうのです。

3. 今,生きているいのち
 永遠のいのちは,今,すでに始まっているいのちでもあります。永遠のいのちは,後に与えられるものではありません。すでに永遠のいのちは始まっているのです。福音を信じたその時に,神との関係が以前とは異なったものとなりました。イエス・キリストによって,私たちと神との関係は,今,父と子の関係へと導き入れられたのです。永遠のいのちは,すでに私たちのうちに息づき,内から変革し続けているのです。

4. 永遠という喜び
 永遠のいのちは私たちの根源的な喜びにつながっています。私たちの内には,全てはむなしいという思いがあります。しかし,キリストにあって,私たちは,永遠なる存在として,神との関係を築くことができると聖書は語っています。神とともに生き,神との関係を築いていく時に,その喜びが私たちの実感として与えられていくことでしょう。

[考えるために]
 永遠のいのちは,私たちに何を教えているのでしょうか。
 永遠のいのちの約束は,私たちに何をもたらすのでしょうか。

投稿者 mb-church : 2005年05月07日 23:17

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