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2005年05月29日
2005/5/29礼拝メッセージ
2005年5月29日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「自由人として」
ペテロの手紙第一2:13~17より
1. この時代
この手紙の執筆時期がAD60年ごろであるならば,当時の主権者はローマ帝国の皇帝ネロのことを指します。時代はキリスト者に対する逆風がまさに吹き荒れようとする直前でした。この頃の教会は,社会の中で弱い立場に立たされていたようです。このような状況が手紙の背景にあります。
2. 異邦人社会の中で
皇帝と総督に従いなさい。つまり,自分たちが置かれている社会制度の中にあって誠実に,そして神に忠実に生きなさい,と語られています。あのペテロがこの勧告をしているのです。以前のペテロであれば,このような考え方は選択しなかったことでしょう。キリストはローマの総督のもとで十字架刑に処せられたのです。しかし,ペテロは「人の立てたすべての制度に,主のゆえに従いなさい」と勧めています。この言葉の重さを私たちは重く受け止めなくてはなりません。
3. 善を行うこと
社会の一員として責任を果たすようにペテロは勧めています。それはただ制度や王に従いなさい,と言ってはいません。社会において神の目にかなう生き方をしなさいと勧めているのです。教会は社会の中に置かれています。私たちは,十字架によって罪赦され自由であるからこそ,神に自ら従うものとして行動することができます。だからこそ,ペテロも神にある自由人として,ローマ帝国の支配下にあってもなお希望を失わず,前を向き,神と人に対して誠実に生きていくことができたのです。
4. すべての人を敬うこと
この世界を愛するということ-それは奴隷も自由人もなく,人種の区別もなく,全ての人々を敬うということです。そして,神を恐れるということ。為政者や制度,社会,人々を恐れるのではなく,ただ私たちの主である神を恐れるのです。王に従い,制度に従うのは,権威への恐れからではなく,主のゆえであるということ。神がそのように望んでおられるからこそ,私たちはこの世界の制度に従い,その中で神の善を指し示すのです。この立ち位置を,私たちは忘れてはなりません。そこには,神にある自由人としての誇りがあるのです。
[考えるために]
主にある自由人として,神に従う者としての誇りがあなたにはあるでしょうか。
あなたは神を恐れていますか?
投稿者 mb-church : 2005年05月29日 20:32
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