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2005年05月01日
2005/5/1礼拝メッセージ
2005年5月1日の真砂バプテスト教会の礼拝メッセージの要約です。
「我は身体の復活を信ず-使徒信条9-」
ペテロの手紙第一1:3~5より
1. 身体のよみがえり
身体のよみがえりとは,来世やあの世ではなく,また再びここで会う,ということです。私たちの生涯は様々な人々との出会いで彩られています。私たちが今ここにいること,そこには誰かの存在がなくてはなりません。私たちはそのような世界の一員として存在しています。その私たちにとって,この地上での一時の魂のやすらぎ,幸せが救いとなるのでしょうか。またこのことで,私たちは本当に勝利したと言えるのでしょうか。今この時が消え去ってしまうならば,それはむなしいものではないでしょうか。
2. 現実と非現実
聖書は,この地上での歩みが,一時的なもので旅のようなものであると語っています。しかし,それは,何かこの世界が本当ではなく,非現実で,そして別の世界に,本当の私たちの世界があるということではありません。それは,現時点が最終的な到達点ではなく,永遠にいるべき場所ではないということを意味しています。この「世」が,もし,非現実で,また完全にあやふやなものであるならば,今,ここで,生きていることの意味が薄れることでしょう。しかし,この世界,私たち全てを神が創られたのです。
3. 真の希望
神の創造を見るときに,畏敬の念を抱かずにはいられません。しかし,この世界は痛んでいます。また私たちの内にも,様々な痛み,苦しみがあります。すばらしい時はいつまでも続きません。聖書は,そこに罪があることを示しています。しかし,確かな希望をも指し示しています。その希望は,罪の世界の終わりが確かにあるということと,神がこのすばらしい世界,そして私たちの回復を予定しているということです。からだのよみがえりとは,この私の,身体が,痛んでしまったこの世界が,もう一度,よみがえり新しく再生するということを意味しています。この希望は,まさにイエス・キリストを通して示された希望なのです。
[考えるために]
私たちに示された希望とはどこまで及ぶのでしょうか。
このことは,あなたにどんな意味をもたらしますか。
投稿者 mb-church : 2005年05月01日 07:34
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