« イースター | メインページへ | 山中湖中高生春キャンプ »

2005年04月02日

2005/4/3礼拝メッセージ

2005年4月3日の礼拝メッセージの要約です。
「我は裁きの主を信ず-使徒信条5-」
ヘブル人への手紙9:24~28より

1. イエスは今どこにおられるのか。
 私たちの前を歩まれる方,私たちの歩むべき道を指し示す方,イエスは今どこにおられるのでしょうか。十字架にかかり,私たちの罪の現実,死をその身に受けてから,イエスは一体どこに行かれたのでしょうか。イエスは,十字架の死と復活の後,天にのぼられました。それでは,なぜイエスは天にのぼられたのでしょうか?

2. 神のご計画
 イエスが地上に留まることは,神のご計画ではありませんでした。神のご計画は,さらに先を見ていたのです。私たちは,この地上での生涯しかないように思います。しかし,神の視点ははるか先を見ています。イエスが天にのぼられたことが,このことを物語っています。つまり,地上の生涯で終わりではないということです。しかし,それはイエスを境にして二つに分けられます。イエス・キリストに従うときに,私たちはイエスと同様のものへと導かれますが,イエス・キリストを失ってしまうならば,私たちは抱えた罪の深さゆえに,神を,そしていのちを完全に失うという結果に終わるのです。

3. 裁き主イエス
 ですから,イエスは裁き主でもあります。その裁きはゴールであると同時に出発点でもあります。これまでの人間の罪,そこから生じるあらゆる不正,不平等,不条理,悪,苦痛,悲しみ・・・それらのものの終わりであると同時に,再び,この世界が,神の秩序へと,神の国へと再創造されるその出発点こそが,このイエスの裁きの時なのです。その裁きの時に,神の正しさ,神のわざ,神ご自身が最後に示されます。そしてそれによって,罪の現実,神と敵対する力,そのものが最後にその力を失うのです。しかし,イエスを信じるものは,決してこの裁きを恐れる必要はありません。恐れるのではなく,完全に神のみこころが示され,そして,神との和解が完成し,救いが完成する,その時であると信じることができるのです。

[考えるために]
 なぜイエスは天にのぼられたのでしょうか。
 あなたはイエスに従いますか?それともその逆ですか?

投稿者 mb-church : 2005年04月02日 23:33