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2005年01月28日

礼拝のすすめ

礼拝のすすめ
礼拝って私に何の関係があるの・・・?

〔創造主なる神に向かって〕
 聖書は,人間は神によって創造されたと記されています。人間はこの創造主なる神を礼拝するときに,あるべき所へと戻ることができます。礼拝は,全てを創造し,全てを治めておられるこの神様に向かってささげるものです。様々な日常を離れ,この礼拝のひと時を神様に心からおささげしましょう。その時に,私たちは存在の意味,意義を得ることができます。

〔十字架を見上げて〕
 十字架は,イエス・キリストによる罪からの贖いを指し示します。私たちは,まことの神を離れ,創造された本来の意味を失い,さまよい歩く罪人です。しかし,イエス・キリストの十字架は,私たちの罪を洗い流し,そして神に立ちかえる希望を与えています。礼拝を通して,この十字架を私たちは見上げます。

〔賛美を歌う〕
 賛美は,神の栄光をたたえ,その恵みに感謝し,歌を通して神様をあがめます。歌が得意な人もそうでない人もいることでしょう。賛美は上手い下手ということが問題ではありません。それよりも神の恵みを覚え,そのすばらしさを心から口にすること・・・これこそが神への賛美です。神を心から賛美するときに,私たちのうちに喜びが与えられることでしょう。

〔神に祈る〕
 祈りは,神様と親しく語りあう時です。だれでも「祈り心」が与えられています。しかし,誰に祈っているのかを知りません。しかし,私を創り,愛している方を知るならば,私たちの祈りはまったく別のものとなります。ただの祈願,神頼みではありません。神とともに歩む。それは祈りをもって,神と呼吸を合わせることなのです。

〔神のことばに耳を傾ける〕
 メッセージは,神のことばである聖書のメッセージです。神は漠然としたものでも,また,勝手な存在でもありません。聖書を通して,私たちに今も語りかけておられる方です。礼拝の中で開かれる聖書のことば,そしてメッセージ。それは私たちの内側を照らし,そして歩むべき道をも指し示すものです。聖書のことばの力を知ってください。

〔教会〕
 教会は人間の集まりです。しかし,単なる集まりではありません。まことの神を知り,そして十字架の赦しのもとに集められている共同体。それが教会です。礼拝は,この教会を通してささげられます。互いに仕えあい,そして互いに神にある一人一人であることを感謝しつつ,礼拝をともにささげます。私たちは,神の赦しが自分だけではなく,多くの人々のものであることを知るのです。


・・・礼拝のある生活。それは,一人一人を本来の場所へと導く一歩となり,そして土台となるのです。

投稿者 mb-church : 2005年01月28日 09:57

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